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【「本が好き!」レビュー】『黙殺 報じられない“無頼系独立候補"たちの戦い』畠山 理仁著

提供: 本が好き!

私は、今、都内某自治体の選挙管理委員会事務局で勤務しています。

私は「選挙は芝居でいうと、候補者が劇団、選管は劇場、マスコミがポスターである。」とよく言っています。選管は、劇場という箱(公職選挙法)を運営する主体に過ぎず、どんな魅力ある芝居にするのかはアクターたちが決め、それを観客(有権者)に伝えるのがマスコミです。最も身近な市町村議会議員選挙あたりだとマスコミの力は必要なく、地域での日々の努力が大きくものを言います。一方、知事選以上だとマスコミによる波及力がないと勝てないのが実際です。

主張を伝えるのがマスコミならば、組織系の主要候補以外「独自の戦いを続けています」の一言でマスコミが無視し続ける無頼系独立候補者(著者は敬意を込めて、包括候補ではなく、そう呼んでいます。)はどのような思いで立候補しているかについては経歴等形式的な情報以外有権者に伝えられることはありません。

劇場管理を行っている選管の立場とすると、適切な選挙運動がなされていれば、候補者に対して差別することはありません。選挙公報もポスター掲示場の割当も、選挙の7つ道具もすべて平等に対応します。

そんな選管も、各社の記者と話しながら(正直、NHKの出口調査が一番正確)どれぐらい票を獲得するかを予測し、開票計画を立てます。その開票計画の予測不能の部分に位置するのが無頼系独立候補者です。

そんな無頼系独立候補者を20年にわたり追いかけた著者が開高健ノンフィクション賞を受賞したのが本書。年末になって,今年一番の本に出会えるとは思いませんでした。

「10度、20度、30度、スマイル!」で有名なマック赤坂の人生・選挙運動について1章を割き、第2章では公職選挙法とマスコミの問題点について著者の視点で論点を明確にし、第3章では「小池劇場」が連日テレビで放映された2016年の都知事選に焦点を当てて描き出します。

そう、あのときは選挙期間が1日伸びた参院選(選挙期間18日)に引き続く都知事選(選挙期間17日)。約2ヶ月、休みなしで働いたものです。正直、都知事選の最後の方の記憶はぶっ飛んでいます。著者が詳細に描いた都知事選立候補届出日時間ぎりぎりの都選管の窓口の様子は行政視点でいろいろと聞いています。それにしても、立候補者は高い供託金(知事選は300万円)を用意して戦いに挑みます。無頼系だと供託金は没収される可能性が高い(=ポスター、チラシ、選挙カーの公費負担がされない)ので、それ以外に選挙資金を用意する必要があります。

著者は、高い供託金制度を制度を批判しています。ただ、今の選挙制度は高い供託金制度に守られた・公平な選挙制度(マスコミは別)で運営されているのも事実。

選挙ポスターは、今の日本では事実上ポスター掲示場しか貼りだせなくなっており、少なくとも選挙期間中は,すべての候補者が同じ取り扱いを受けることができます。立候補届日には全候補者分が貼れるように選管は準備しなければならないのです。この制度の前提には「誰が立候補するのか=何名が立候補するのか予測できる」があります。もし,諸外国のように「立候補障壁」がなくなって立候補者が増加するならば、この制度の是非もでてくるでしょう。(正直、何十人もの掲示場を容易できるスペースのある場所は限られています。)そうなったらそうなったで、地元に力のある組織系候補者のポスターが街中にあふれるということでもあります(先の衆院選の比例代表選挙がわかりやすい例です)。

著者は常設のデジタル掲示板を提案していますが、ポスター掲示板の用地を貸してくれている所有者の多くは「選挙だからね」ということで謝礼程度で貸してくれていますが、常設となれば話は別。また、2人程度しか立候補しない市区町村長選挙ならともかく、東京都のように知事選や参院選で何十人と立候補する場合厳しいし、仮に30人立候補し、2人ずつ2秒でも30秒見続けないと選挙ポスターが全部見通せないのなら、有権者は苦情しか言わないでしょう。

期日前投票の割合が高くなった今、むしろ、問題なのは、立候補届出日の翌日から期日前投票ができる(選管の立場からすると「用意する」)のではないかと思っています(完全に私見です)。選挙公報も政権放送も聞くことなく、投票する(できる)というのはいくらなんでもおかしいと思いませんか。

著者とは立場が違うものの、無頼系候補の方々は愚直なまでに真面目なのです。正直、クリスマスの朝の電車でマック赤坂に泣かされるとは思わなかったです。マック赤坂が奇抜な格好をするのは、無頼系の場合、何もしないとマスコミが取り上げてくれないし、誰も見てくれないという風潮があるため。マック赤坂も、政見放送でチン〇を連発した後藤輝樹も、ここに出てくる候補者(個性は非常に強いです)の政治に対する熱い思いに触れるにつき、「私たちは、ただ政治に対して文句を言っているだけではないか」「政策本位で投票しているとはいいながらも、結局マスコミに踊らされているだけではないのか」という重い命題が迫ってきます。

正直、「泡沫」扱いしていた自分を反省しています。次回からは「無頼系」として、彼ら彼女らの政策に耳を傾けていきたいと思います。

これこそ、主権者教育に必読だし、高校生への読書感想文課題図書にしたいぐらいです。

(レビュー:祐太郎

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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黙殺 報じられない“無頼系独立候補"たちの戦い

黙殺 報じられない“無頼系独立候補"たちの戦い

選挙の魔力に取り憑かれた泡沫候補(=無頼系独立候補)たちの「独自の戦い」を追い続けた20年間の記録。2017年第15回開高健ノンフィクション賞受賞作。

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