【「本が好き!」レビュー】『ふたつの人生』ウィリアムトレヴァー著
提供: 本が好き!「ふたつの人生」というと二通り考えられる。ひとつは「ふたり」の人生。もうひとつは、ひとりの人の「ふたつの人生」。本書のタイトルは、その二つを足した意味になる。
登場するのは二人の女性。一人は年の離れた夫と結婚したメアリー・ルイーズ。もう一人は独身なのになぜかミセスをつけて呼ばれるミセス・デラハンティ。前者は寡黙で、後者は饒舌だ。だからといって後者が正直なわけではない。彼女の饒舌は鎧であり、つまりは前者の寡黙と同じである。
しかし『ツルゲーネフを読む声』のヒロイン、メアリー・ルイーズには、鎧をまとっている自覚がない。むしろ、彼女を遠巻きに見ていた人達が周囲に壁を作ってしまい、それを彼女の鎧だと考えた。少なくとも、彼女の側に立てばそう見える。周囲は彼女を可哀想な人だと憐れむが、酒浸りになっていく夫と敵意を向ける義姉がいる現実よりも、愛する人とその思い出に囲まれたもうひとつの人生の方が幸せなのだ。
『ウンブリアのわたしの家』のヒロインは、両親や兄姉と育ったメアリー・ルイーズよりもスタートが悲惨だった。生みの親に売り飛ばされてからずっと他人の中で生きて来た彼女は、メアリー・ルイーズよりも年齢も上で、多少の事には動じないように見える。ところが乗っていた列車で爆発事故が起こり、ショックから立ち直れない被害者の何人かと生活を共にするようになる。
この短編はイギリスでドラマ化され、キャストも後書きに書かれている。後書きを先に読んでしまったので、ヒロインを脳内変換して読んだらこれがぴったり!「使用人はわきまえるべき」と女主人としての心構えを持ち、決して悪い人間ではないが、饒舌になるあまり意味不明な事を言って相手を混乱させてしまう。作家でもある彼女はもうひとつの人生を自在に紡ぐ事ができるが、それでも本当の人生を全く忘れてしまえるわけではない。
トレヴァーは、現実だけを直視して生きるべきだ、とは決して言わない。
嘘や裏切り、敵意や罪が全てこの世に溢れ出てしまったら、人間はその重みに耐えられない。虚構と現実の二つを足して、ようやく自分を支えられる。
(レビュー:星落秋風五丈原)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」