【「本が好き!」レビュー】『引き潮』R・L・スティーヴンスン著
提供: 本が好き!南太平洋の島、タヒチの浜辺ペパーテ。そこにたむろする三人の男達。彼らは、南太平洋風に表現すればまさに見た目通り「オン・ザ・ビーチ」(おちぶれているという意味)な輩だった。
一人はオックスフォード大学を出た男ヘリック。もう一人は商船の元船長デイヴィス。三人目はロンドンの下町育ちのヒュイッシュ。全く育ちも境遇も違う流れ者達が、食い詰めてボロ雑巾のように肩を寄せながら自分達の不運を嘆いていた。
そこに天然痘の発生で船長と航海士が死んでしまった帆船がペパーテにたどり着く。元船長のデイヴィスは、後の二人を船乗りに仕立て上げ、乗組員としてその船に雇われる。どん底の人生からの脱出を願う彼らはそのまま南米へ逃げ、積荷と船を盗んで売りさばこうと企む。しかし、頼りになるやり手の船長と思ったデイヴィスは酒を飲むと別人の様に状況判断ができなくなり、嵐に遭遇した船はあわや難破しそうになるが…。
美しい表紙は難破しそうになった彼らの船が、引き潮に誘われる様に荒海から滑り込んだ珊瑚礁に囲まれた島のラグーン。その天国の様に美しい情景と、そこに秘められた毒々しい秘密、彼らに起きた出来事の対比が鮮やかに脳裏に刻まれる。また、善悪や倫理観の不確かさ、教養、経験、信仰、性格が状況によってくるくると姿を変えて現れたり隠れたりする人間の自意識や心情が残酷なまでに浮かび上がる。まるでジキル博士とハイド氏を見るかの様に目まぐるしく変わる登場人物の心理や行動が見もの。
『宝島』の文豪スティーブンスンが、南太平洋の雄大な自然を背景に冒険と悪だくみに直面した人間の微妙な心理を描いたこの作品は、コナン・ドイルが「お気に入りの海洋小説」に選び、チェスタトンやボルヘスも愛読した知られざる逸品。本邦初訳。義理の息子ロイドの原稿を元に、後半はスティーブンスンがより深く物語を掘り下げて作り上げた父子合作小説でもある。
スティーブンスンが呻吟しながら書き「いまだかつてない残忍でいまわしい話だ」と悲壮に日記に記してるそうだが、コナン・ドイルは「ぜひ孫に読ませたい」と言ってたそうだし、チェスタトンが気に入りそうなひょうきんなシーンもあって、スパイスが効いた面白い作品。古い作品の当時の言い回しを生かしながら翻訳された、ちょっと苦味の効いた外国のお菓子をいただいた気分になる。
(レビュー:トムタン)
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