だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『老いの荷風』川本 三郎著

提供: 本が好き!

ビッグコミック『荷風になりたい~不良老人指南~』(倉科遼)の連載が先日終了しました。荷風の生い立ちからその死までを追った連載でしたが、こちらは『濹東綺譚』以後を中心に、荷風を詳細な資料とインタビューでその姿を追っています。

東京大空襲で彼の住まいである偏奇館は焼けてしまい、浅草で上演された歌劇『葛飾情話』を機に知り合った菅原明朗・永井智子夫妻を頼って中野区、渋谷区、明石市、岡山市へと転々と避難していきます。岡山では津山に疎開していた谷崎潤一郎と交流しつつも、戦災によるノイローゼ・PTSDのような症状が現れてきます。戦争中、彼の作品に生まれ故郷である「山の手」への望郷の念が出ているという筆者の指摘はなかなか興味深いものがあります。何はともあれ、当時の65歳というと本当に「お爺さん」です。そんな独居老人が戦災から逃げ惑うのですから当然といえましょう(周りはたまったもんじゃありませんが)。

戦争が終わると、すぐに東京に戻るものの、最終的には墨東よりももっと東、荒川放水路・江戸川の向こう、市川、旧名でいえば葛飾へ移り住みます。戦災を免れたというも理由の一つですが、彼を支援していた相磯凌霜、小林修、小林庄一たちがこの地に住んでいたのというのが大きいのでしょう。

さて、永井荷風というと、ごみ屋敷で孤独死していたというようなイメージがありますが、そんなことはありません。

他人に迷惑を金輪際かけぬ。自分も人から迷惑を受けたくない

との発言のとおり、孤独死して数日たって発見のようなことは避けたのでしょう。毎日朝8時から1時間居間以外を掃除したり、パンにコーヒーかミルクを入れる通いのお手伝いさんを雇います(住込み女中のようなもはや他人と一緒に共同生活なんてできなかったのでしょう。)。その名は福田とよ。彼女の経歴をこの本で知ることができました。

著者は、福田とよと永井荷風を知っている三姉妹を探し出し、インタビューに成功しています。静岡出身で二度の結婚に失敗し、上京して裁縫仕事や屋台を出していいた女性。文字も読めて品があって教養があったそうです。彼女が荷風の死を発見したのですが、彼女もまた荷風と同じ年のうちに亡くなっているというのは不思議な縁です。

戦後、荷風は業界人から離れた生活を送っていても庶民の中でしっかり関係を築いて「老い」を生き抜いて、「老い」だ何だと(今なら「老害」とか「劣化」といわれるのでしょうか)批判を受けつつも文章を書き続けています。

文章中で紹介されているのは、『羊羹』『或夜』『にぎり飯』『心づくし』『買出し』『老人』『吾妻橋』『葛飾土産』『捨て児』『草紅葉』『噂ばなし』『心がわり』『夏の夜』『東雲』。青空文庫に入っているのは半分程度(残りの多くは作業中)。

『濹東綺譚』以降、特に戦後期、事実上、日本最初の「老人作家」となった荷風の生きざまを感じるとともに、私もこれからまだ経験したこともない老いを迎えるにあたって、作品を読みたくなる1冊です。

(レビュー:祐太郎

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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『老いの荷風』

老いの荷風

第一人者の視点と筆さばき。『〓(ぼく)東綺譚』以降の作品と生活を中心に、老いを生きる孤独な姿を描く。

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