だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『終わりの感覚』ジュリアン バーンズ 著

提供: 本が好き!

トニーは、既にリタイアして初老を迎えている一人身の男性です。
妻とは大分前に別れましたが、現在も友人づきあいはしています。
一人娘との関係も悪くはありません。
別れた妻からはよりを戻そうかなどと持ちかけられることもありましたが、もはや再婚するつもりもなく、一人暮らしのまま人生を終えるつもりでいました。

そんなトニーのもとに、ある日弁護士から一通の手紙が届きます。
ある女性から500ポンドの遺贈があったというのです。

最初はその女性が誰なのかすぐには思い浮かびませんでした。
その女性とは、トニーが大学生の頃に交際していたベロニカの母親でした。

ベロニカとはそれなりにうまくいっていたつもりであり、家に招かれて泊まりに行き、両親や兄に紹介されたこともありました。
しかし、その後、ベロニカから将来はどうするつもりなのかと問われ、明確な答をしなかったこともあり、結局、ベロニカとは別れてしまったのです。

その後、高校時代の親友で、ケンブリッジ大学に進学した優秀なエイドリアンからトニーのもとに手紙が届きました。
実は、ベロニカとつきあうようになったというのです。
許して欲しいとも書いてありました。
トニーは、当時、気にしていないという葉書を書いた……という記憶なのですが……。
年老いていけば、記憶は変容してしまうものなのです。

その後、エイドリアンは、大学在学中に自殺をしてしまったのです。
遺書も残されていましたが、その遺書には、「人生は、求めずに与えられた贈り物である。思索する人は、人生の何たるかを、それに付随する諸条件と併せ考える哲学的義務を負う。考えた結果、求めずに与えられたこの贈り物を手放すべきだという結論に達したなら、その結論の指し示すとおり行動することが道徳的・人間的義務である。」とだけ書かれていました。
一体どういうことなのか……。

その後、トニーは大学を卒業し、就職し、結婚して子供をもうけ、離婚し、現在に至ったというわけです。
ベロニカともあれ以来一度も会ってはいませんでした。
それなのに、何故、ベロニカの母親はトニーに遺贈などしてきたのでしょうか?
また、ベロニカの母親はエイドリアンがつけていた日記も遺贈すると遺言を残したそうなのですが、弁護士の話によればその日記は現在ベロニカが持っていて、引き渡しを拒否しているというのです。

トニーは、どうして親友だったエイドリアンの日記をベロニカの母親が持っているのか分かりませんでしたが、自殺した親友が残した日記であり、それを持っていた母親がトニーに遺贈すると言っているのですから、その遺言どおり自分に渡されてしかるべきだと考えます。
トニーは、弁護士に対して引き渡しを迫るのですがなかなかうまく運びません。

止せばいいのにと思うのですが、トニーはベロニカの兄と連絡を取り、ベロニカのメール・アドレスを聞き出し、ベロニカに対して、日記を渡して欲しい旨のメールを送ります。
当然のように返事はありません。

せいぜいそこまでです。
しかし、トニーは、日記に執着し、何通も何通もベロニカに対してメールを送りつけ続けたのです。
すると、ある日、ベロニカから会う日時場所を指定したメールが届いたではないですか。

物語の最後にはやりきれなくなるような結末とどんでん返しが用意されています。
ベロニカは、トニーに対して、何度も、「あなたは何もわかっていない。わかったためしがないし、これからもそう。」と言い続けるのです。

読んでいていたたまれなくなってしまいました。
この物語とは違うものの、人は誰でも過去において、色々な形で誰かを傷つけたり、失敗したりしたことがあるのだと思います。 そんな傷に塩をすり込まれるような、そんな思いにさせられる一編でした。

(レビュー:ef

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本が好き!
『終わりの感覚』

終わりの感覚

穏やかな引退生活を送る男のもとに、見知らぬ弁護士から手紙が届く。日記と500ポンドをあなたに遺した女性がいると。記憶をたどるうち、その人が学生時代の恋人ベロニカの母親だったことを思い出す。託されたのは、高校時代の親友でケンブリッジ在学中に自殺したエイドリアンの日記。別れたあとベロニカは、彼の恋人となっていた。だがなぜ、その日記が母親のところに?―ウィットあふれる優美な文章。衝撃的エンディング。記憶と時間をめぐるサスペンスフルな中篇小説。2011年度ブッカー賞受賞作。

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