「嫌な上司に耐えるストレス」が脳を破壊する?
ストレスが心身に及ぼす影響の大きさは、近年広く知れ渡るようになった。
それだけに、体調が悪かったり、精神面が不調だったりすると、「何かがストレスになっているのでは」と原因をストレスに求める人は多いのではないか。
ただ、「仕事がストレスで」「ストレスの原因は夫」というように、ストレス要因を単一のものに求めると、ストレスの本質を見誤ってしまう。
仕事でノルマに追われることは確かにストレスになりうるが、結婚や引越しといった、一見マイナスイメージのないものも同様にストレスになりうる。ストレスははっきりと自覚できるものだけではなく、自分ではなかなか気づくことのできない小さなものも存在するのだ。
■ストレスは知らぬ間に溜め込まれている
『キラーストレス 心と体をどう守るか』(NHKスペシャル取材班著、NHK出版刊)では、ストレスからくる不調について、九州大学医学部心療内科の須藤信行教授のこんなコメントを紹介している。
「現代では、ひとつひとつのストレスはそれほど大きくないとしても、積み重なることによって体に障害が現れるレベルに達してしまう。ストレス反応が収まる前に次のストレスがやってくるといったように、絶え間なく反応が引き起こされ、それが病に至るレベルになっていくのです。」(P77より引用)
現代人にとって、注意すべきは明らかに精神的負荷になっている「大きなストレス」だけではなく、むしろ小さなストレスが絶え間なくやってくることなのだ。
では、ストレスはどのように私たちに牙をむくのだろうか。
■「我慢するストレス」が心をむしばむ
先述の通り、人は様々なことにストレスを感じるが、本書によるとそれらはおおよそ2つに大別される。「頑張るストレス」と「我慢するストレス」だ。
「頑張るストレス」は、仕事でノルマに追われていたり、納期のスケジュールに追われている状況で感じるストレスで、「体」へのストレス反応が大きくなるという。アドレナリンが過剰分泌され、血圧の上昇などが起きる。
これに対して「我慢するストレス」は、満員電車に長時間乗ったり、嫌な上司と毎日顔を合わせるといった、不快な状況を耐え忍ぶ状態を継続しなければならない状況で感じるストレスのこと。「心」へのストレス反応が大きくなることが知られている。
この「我慢するストレス」が今、研究者の間で注目を集めている。この種のストレスが主因となって、心の病につながるある反応を体内で引き起こすことがわかってきたのだ。
■慢性的なストレスで起きる脳の破壊
本書では、ストレスが体に及ぼす衝撃的な悪影響を明らかにしている。
ストレスホルモンとして知られる「コルチゾール」という物質は、副腎から分泌され、血流にのって体内を循環しながら、エネルギー源の補充などの重要な役割を果たす。役割を終えると脳に辿り着き、そこで脳に吸収されていく。これが正常なストレス反応の流れだという。
ところが、「我慢するストレス」状態が長時間続くと、このコルチゾールが常に分泌されつづけてしまう。こうなると、脳にコルチゾールが溢れてしまうのだ。
常に届けられるコルチゾールによってどうなるか。本書ではアリゾナ州立大学で行われたネズミへの実験を紹介している。
特別な金網に閉じ込めるなどして、「我慢するストレス」に相当する慢性的ストレスを与え続けたネズミとそうでないネズミを比較すると、脳の海馬の部分に顕著な違いが見られた。
ストレスを与えられたネズミの海馬は、神経細胞の突起が明らかに減少していたのだ。これは脳にあふれたコルチゾールのはたらきと考えられるようだ。
これはネズミだけの話かというと、そうでもない。
あるうつ病患者の脳とそうでない人の脳を比較すると、うつ病患者の脳の海馬部分に萎縮が見られた。脳画像を見ると、その萎縮によって脳の中に隙間ができていたという。
いうまでもなく、海馬とは学習や記憶をつかさどる重要な部位だ。ストレスは時に私たちの心に圧迫感を与えるが、私たちの肉体もむしばんでしまう可能性があるのだ。
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比喩ではなく、ストレスは人を殺す。私たちはそのことに目を向けざるを得ない社会に生きている。
日常の端々に潜むストレスとどう向き合い、どう逃げるのか、本書はそれを考える手がかりとなりうるだろう。
(新刊JP編集部)