柴又帝釈天で御守りを「飲む」!? あの小説の舞台に行ってみた
黒木華主演で、5月13日からドラマも始まる『みをつくし料理帖』シリーズ(角川春樹事務所刊)。
高田郁の人気時代小説だが、その中に登場する少し変わった御守、「一粒符」をご存じだろうか。
なんとこの御守、身に付けるのではなく、飲むことでご利益を得る御守であり、柴又帝釈天で今も実際にいただくことができる。
飲む御守「一粒符」とは、一体どのようなものなのか、ぜひいただいてみたいと思うが、まずは小説『みをつくし料理帖』シリーズについて少し紹介させてほしい。
物語の主人公は女料理人の澪。
大坂・淀川の水害で両親を亡くし、行き倒れ寸前だった澪は、天満一兆庵の女将である芳に助けられ、料理の道を志す。
ところが天満一兆庵が火事になってしまい、澪と芳は江戸で料理屋を始めるのだが……
ただでさえ板場が女人禁制だった時代。上方と江戸の味の違い、文化の違いに戸惑いながらも、ひたむきにおいしい料理をつくり続ける澪の姿に、心打たれる作品である。
一粒符が登場するのは、2巻『花散らしの雨』より、「一粒符――なめらか葛饅頭」という話だ。
澪が住む長屋には、伊佐三とおりょうという夫婦が住んでおり、二人には血こそ繋がっていないものの大切に育てている息子、太一がいる。その太一があるとき、麻疹に罹ってしまうのだが、江戸時代の麻疹といえば命に関わる大病。澪も必死に看病を手伝う。
病に苦しむ太一のために、父・伊佐三がもらいにいった御守こそ、一粒符なのである。
ところで、澪たちの住む長屋は、浅草の近くにある。
柴又帝釈天があるのは、その名の通り柴又だ。交通が発達した現代でさえ、浅草から柴又は意外と遠い。電車ならば30分ほどだが、都営バス、京成バスを乗り継いで1時間ほど。その距離を往復走るのだ。本作のなかにも、「大人の足で片道二刻(約四時間)」と書いてあり、その過酷さが分かるだろう。
そこまでして手に入れたい一粒符とはどのようなものか、伊佐三が通ったと思われる道をたどりながら見てみよう。
「まずは浅草へ出て、千住から水戸道へ入って新宿だろ、そこからまだ先だから…」
と言う伊佐三。
ここが現在の水戸街道、新宿のあたりだ。
都会の賑やかさがないことにお気づきだろうか。そう、ここは「新宿(しんじゅく)」ではなく「新宿(にいじゅく)」と読み、あの新宿(しんじゅく)とは全く別の地域である。
柴又の駅に着くと、柴又のシンボル、寅さんが出迎えてくれる。
3月25日にさくらの像も増え、より賑やかな様子の柴又駅前を過ぎると、すぐに帝釈天の参道だ。
両脇に並ぶ店先から団子の香りがする。名物は草団子だが、麻疹で苦しむ息子を救いたい伊佐三には、楽しむ余裕はなかっただろう。今回は素通りする。
賑やかな参道の奥に、目的地、柴又帝釈天はある。
緑の瓦が特徴的な、美しい寺だ。
寛永6年(1629年)に開基され、病気平癒や、なんと不老不死のご利益があるとか。
今回の目的である、一粒符を探すため、授与所をのぞいてみると…
あった。
他の厄除け等と一緒に、確かに一粒符の文字がみえる。
しかし「飲む御守」の文字はあるのだが、それ以外の情報が見当たらない。
飲むのはやはり食後だろうか。麻疹ではない者が飲んで、仏様に怒られはしないだろうか。心配である。
戸惑っていると、みかねた授与所のお兄さんが親切に説明をしてくださった。
・水と一緒に飲むこと
・飲むと帝釈天の加護がある
・飲むタイミングは自由で、体調がすぐれないとき、緊張やプレッシャーに負けそうなとき等に飲むと良い
とのこと。
一粒符は麻疹限定の御守りではなく、どの病気にもご利益がある、万能薬のような御守なのだ。
ちなみに、一粒符がでてくる小説があることも説明したが、授与所のお兄さんはご存じない様子だった。残念。
早速購入してみた一粒符がこちら。とてもご利益がありそうな包装をされている。
包みの中からは小さな赤い粒が!本当に小さい。
小説の中に、
「少しの風でも飛んでしまうのではないか、と澪は先刻から部屋の片隅でじっと息を殺していた。」
とあるのも納得である。
ところで私事だが、筆者は親不知を抜いたばかりで、猛烈な痛みと戦っている。これは帝釈天の加護を受けるには、最高のコンディションではないだろうか。 さっそく冷水でいただこう。
見た目から梅のような味を期待していたが、味は全くしない。
粒はかたく切り口が四角いので、角が舌にあたり、ざらざらとした舌触りだ。
飲み込んだ時点では急激な変化は感じられないが、江戸の人々もこの護符を飲んだのかと思うと、とても感慨深い。
今より死が身近だった時代において、一粒符は庶民の心の大きな支えだったのではないだろうか。
父親が必死に買ってきてくれた一粒符。その親心と小さな赤い粒は、病と戦う太一にとって、大きな力となったことだろう。
ちなみに柴又帝釈天には見事な彫刻や、美しい庭園もあるので、病気の子どもが家で待っていない人には拝観をおすすめしたい。
最後に、名物・草団子に埋もれてあまり話題にならないが、柴又駅前で営業している「三河屋」の今川焼は絶品である。こちらもぜひ、お立ち寄りいただきたい。 筆者のおすすめはチーズである。
(ハチマル)