【「本が好き!」レビュー】『乳房をふくませる』大野木寛著
提供: 本が好き!思春期になると毎春のように腕が生え替わる。
その腕、よく煮こめば美味しいらしいが、なにせ核家族化が進んでいるから、腕一本完食するのも結構大変。
先日、お隣から戴いた義男君の腕をようやく食べ終えたと思ったのに、今度は長女の腕が抜けてしまった?!
ああ、ついこの間まで子どもだと思っていたのに、もうそんな年頃なのねえと、感慨もひとしおだ。
流しの夢杖研ぎに、「夢杖」をといで貰おうと、頭から杖を抜く。
そういえば最近研いでいなかったから夢見が悪かったのかもなどと思いながら、「夢杖」にまつわる思い出をつらつらと思い浮かべたりする。
そうかと思えば、「天使」の渡りの季節には、庭一杯に羽根が落ちていて掃除が大変、でも「天使」、食べると結構美味しかったりするのだ。内臓はひどく臭いけれど。
思春期の娘とまだあどけなさが残る息子をもつ専業主婦を主人公兼語り手とする連作短篇。
夫婦や親子の日常の機微を描き出す中に、特段の説明もなしにするっと入り込んでいる不思議な設定は、それ自体は非常に奇妙でありながら、さほど違和感がない。
そうした奇妙で不思議なあれこれは、彼女の幼い日、あるいは若き日の想い出と繋がっていて、それはとりもなおさず、20年前から一度も帰ったことがないという、ふるさとの思い出にも連なっているらしく、どこか読んでいる者の郷愁をも誘う。
まるでパラレルワールドに迷い込んだかのような設定で、奇妙ではあるけれど、まさしく純文学に連なる系譜か……と思いつつ読み進め、最終話にたどり着いたとき、まさかの結末に愕然とした。
この作品、とある筋から「面白いからぜひ読んでみて」とご恵贈いただいたインディーズ出版本なのだけれど、なんでも著者は多くの脚本やシリーズ構成を手掛けるアニメ界の重鎮なのだそう。
そういう方面にとんと疎い私は、失礼ながら全く存じ上げなかったのだが、名のある小説家の作品だと紹介されても全く違和感がなかったのではないかと思う。
この作品で、このお値段?!ちょっとお買い得すぎる気さえした。
少し残念なのは、この話、年頃の子どもがいてもおかしくない私世代の女性に特に好まれそうな設定であるにもかかわらず、とりわけ表紙がその世代の女性には手に取りにくい書影になっていることだ。
少しばかりきわどいタイトルとこの書影で、勝手に中味を想像して敬遠されてしまう心配はないのだろうか?
もっともそれは「人魚石」を覗き込んだ主人公の気持ちのようなものかもしれないが……。
(レビュー:かもめ通信)
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