だれかに話したくなる本の話

「働きたくなかった」山下澄人が振り返る下積み時代

出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。 第86回となる今回は、山下澄人さんが登場してくださいました。

山下さんといえば、劇作家の倉本聰氏が主宰していた「富良野塾」の卒業生であることが知られています。

10月31日に発売された新刊『しんせかい』(新潮社刊)には、「先生」が主宰する、「演劇や脚本を学べる場」にやってきた山下スミトの日々がつづられる表題作と、「演劇を学ぶ場」に入る試験のために上京した主人公が過ごした一夜を書いた「率直に言って覚えていないのだ、あの晩、実際に自殺をしたのかどうか」が収録されています。

どちらも「富良野塾」を思い出させるだけに、私小説のように思えますが、実は……。

劇作家として、俳優として、そして小説家として、マルチに活躍する才人の原点に迫るインタビュー最終回です。(インタビュー・記事/山田洋介)

■「主体的に何かやったことなんて一度もない」

――富良野塾を2年で卒業して、すぐに劇団を立ち上げたんですか?

山下:いや、自分で劇団をやるまでに10年くらいかかっています。20代がほぼまるまるそこにあたるんですけど、ただの売れへん俳優でした。舞台に出たり、ちょこちょこテレビに出たり、という感じですね。「おもろないな」と思いながらやっていた気がします。

――その暮らしを10年というのは、かなり辛そうです。

山下:就職して普通に働くのが嫌やったんです。バイトはしてましたけど、なるべく働きたくなかった。「俳優になりたい」より「働きたくない」の方が断然強かったから、辛いというのはあまりなかったと思います。

――しかし、その状態から自身で劇団を立ち上げるには、かなりのエネルギーが必要だったのではないですか?

山下:成り行きです。誰かがやろうって言うから「じゃあやるか」となったんですけど、始めたら言い出した奴が辞めてしまって、あたかも僕が言い出しっぺで始めたようになってしまった。

――自身が主体的に立ち上げたわけではなかったんですね。

山下:主体的に何かやったことなんて一度もないです(笑)。富良野塾を受けた時だけかもしれない。

――劇団FICTIONは何年くらい活動しているんですか?

山下:ここ5、6年やってないけど、もう14、5年になりますね。自分から何か始めることはないけど、始めたら続けるんですよ。何でもそうで、始めてしまうと今度はやめるのが面倒くさくて続けるっていう。

――主体性って世の中的に「いいこと」だとされているじゃないですか。

山下:ああ、はいはい。

――そういうものとはまったく逆の生き方をされているという。

山下:主体性はないですね。他力本願です。たぶん主体性を信用してないんだと思います。どこかで「ほんまかよ」と思ってる。

――演劇の方でも、ものすごく燃えていて主体的に動く人は苦手だったり。

山下:苦手とか好きじゃないってことはないですよ。向こうがこっちを嫌う(笑)。「もっとちゃんとやれよ」と。

――子どもの頃読んでいた本で、今も好きな作品はありますか?

山下:『ハックルベリー・フィンの冒険』がすごく好きで、今でもたまに読みます。最初は『トム・ソーヤーの冒険』を読んだんだけど、あれは嫌いだった。トム・ソーヤーという人物が小賢しくて嫌だったんです。でも、ハックルベリーはいい奴でしょ。

子どもの頃は喘息持ちやったから、発作が出ると動けないんです。だから図書室にあった本ばかり読んでいました。あとは江戸川乱歩とか。

――ポプラ社の、ちょっと怖い挿絵が入っているシリーズですよね。

山下:そうです。あの挿絵は今でも見ると心が沸き立ちます。

――人生で影響を受けた本がありましたら3冊ほどご紹介いただきたいです。

山下:今言った『ハックルベリー・フィンの冒険』と、保坂和志さんの『プレーンソング』ですね。『プレーンソング』は最初の小説を書いている時か、書く前かに読んで、「こういう小説もアリなんや」と思いました。

これなら、自分にも書けそうだし、書けるかどうかは別として、こういう小説なら読むわと思ったし。すごく好きな小説です。

あと一冊は、ウィリアム・サロイヤンの『人間喜劇』。これは小島信夫さんが訳したもの限定です。

――サロイヤンはどんなところが好きですか?

山下:書斎とかじゃなくて、地べたで書いている感じがするところですかね。誤解を受けそうな言い方やけど「頭悪い感」がすごくいい。自分もそうやから親近感がわくのかもしれません。

僕は学校もろくに行っていないから、「小説なんてものは大学に行っている奴だけが読んだり書いたりするもの」だと白けた感じで見る一方で、「そうじゃないよ」とにじり寄ってくるものも嫌いでした。サロイヤンはどちらでもなかったんです。

――今後の執筆予定などがありましたら教えていただきたいです。

山下:「別冊文藝春秋」で『ほしのこ』という小説の連載がはじまって、今はそれをやっています。隔月50枚と量が多くて、2回目にして枚数は届きそうにありませんし、このペースで続けられるのか自信がないのですが。

――主体性を信用していないとおっしゃっていた山下さんにこんなお願いをするのも変なのですが、最後に今後の抱負をお願いします。

山下:元気に長生きしたい(笑)。これは本当にそう思います。

――ありがとうございました!

(インタビュー・記事/山田洋介)

第一回 私小説?それとも…山下澄人『しんせかい』のなりたち を読む
第二回 まちがえて配達された新聞を読んで倉本聰の富良野塾へ を読む

『しんせかい』

しんせかい

十代の終わり、遠く見知らぬ土地での、痛切でかけがえのない経験――。19歳の山下スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指す。辿り着いたその先は【谷】と呼ばれ、俳優や脚本家を目指す若者たちが自給自足の共同生活を営んでいた。苛酷な肉体労働、【先生】との軋轢、そして地元の女性と同期との間で揺れ動く思い。気鋭作家が自らの原点と初めて向き合い、記憶の痛みに貫かれながら綴った渾身作!

この記事のライター

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

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