作家・山下澄人が語る 「富良野塾」入塾秘話
出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。 第86回となる今回は、山下澄人さんが登場してくださいました。
山下さんといえば、劇作家の倉本聰氏が主宰していた「富良野塾」の卒業生であることが知られています。
10月31日に発売された新刊『しんせかい』(新潮社刊)には、「先生」が主宰する、「演劇や脚本を学べる場」にやってきた山下スミトの日々がつづられる表題作と、「演劇を学ぶ場」に入る試験のために上京した主人公が過ごした一夜を書いた「率直に言って覚えていないのだ、あの晩、実際に自殺をしたのかどうか」が収録されています。
どちらも「富良野塾」を思い出させるだけに、私小説のように思えますが、実は……。
劇作家として、俳優として、そして小説家として、マルチに活躍する才人の原点に迫るインタビュー第二回です。(インタビュー・記事/山田洋介)
■まちがえて配達された新聞を読んで倉本聰の富良野塾へ
――小説を発表するようになって5年ということで、小説を書くこと自体への慣れについてはいかがですか?
山下:最初に書いた小説はトータルで2年くらいかかったんですけど、書き始めるまでの試行錯誤の時間が長かったんです。始めてはやめて、という感じで1作目を書いた後、2作目からはどれも自分の中では差がありません。ただ「慣れ」はありません。
1作目、2作目、3作目と段階を踏んで慣れていったわけではなくて、「1本目」と「それ以降」。自転車みたいな感じだったと思います。乗れるまでは大変だけど、一度乗れてしまえばあとはもうずっと同じという。でも見たことのない坂とかがあらわれる。道がなくなったり。
――山下さんは劇団FICTIONを主宰していますが、脚本の方もそんな感じだったんですか?
山下:そもそも、脚本を書こうなんてまったく思っていなくて、誰かに頼もうと思って周りの人に相談していたんです。
そうしたら、自分で書いてみればええやんと言われて。でも、そんなもの書いたことないから、「できるかなあ」なんて言いながらなかなか書かずにいました。そうこうしているうちにようやく「じゃあちょっと書いてみるか」となって、紙っぺら一枚にちょこちょこと書いて見せたら「書けるじゃん」と。
「じゃあ書けるのかな」って言いながら書いたのが最初でした。書いたところだけを話せばそうですが、それまで十年以上の俳優だけの時間があります。たぶんその時間も書くまでの時間となってる。だから、やっぱり書き始めるまでが長いんです。
――「しんせかい」で主人公の山下スミトは、まちがえて配達された新聞に書かれていた募集記事を見て、「先生」が主催する、演劇や脚本を学べる場に応募します。これは山下さんが富良野塾に入ったいきさつと重なるところがあるのでしょうか?
山下:あの話は本当です。「運命」とか言われるからあんまり言いたくないんですけど、たまたま新聞がまちがえて配達されて、それを読んで応募しました。
――そういったいきさつもあって、スミトは演技や脚本へのモチベーションがそこまで高くなく、他の塾生と比べるとどこか冷めているわけですが、これもご本人と重なりそうですね。
山下:何の目的もなく応募したかというとそんなことはなくて、自分ではそんなに冷めているとは思っていませんでしたけど、周りと比べるとテンションは低かったかもしれません。
熱くなるタイミングがわからなくて、どこでどう熱くなればいいんだろうと考えているうちに終わってしまう感じでした。それでも、今振り返って「あの時、熱かったな」と思う時期はありますけど。
――それまでも、特に演劇を志していたわけではなかったんですか?
山下:演劇をやりたいとは思っていなかったです。だいたい劇を観たこともありませんでしたから。
――そんな人がなぜ応募してしまったのか……。
山下:高倉健やブルース・リーはかっこええなあと思っていました。あったとしたらそれだけ(笑)。
俳優がどういうものかとか、俳優をやっていくことがどういうことかっていう情報を何も持っていなくて「俳優=ブルース・リー」だと単純に思っていました。それくらい何も知らなかった。だから応募できたのかもしれません。
――富良野塾での2年間は、今思い出すとどんな思い出ですか?
山下:いやあ……。それを簡単に言われへんから小説で書いたわけで。というか富良野塾の話のようになってますが、だいたいこれ「富良野塾の話です」とはいってません。
――小説の方からは、農作業ばかりしていて演技や脚本の授業はあまりない印象を受けました。
山下:書いてないだけで授業はあったんですよ。ただ基本は農作業だったから、僕の方も当時「農作業しかしてないやん」と思ってましたけど。て、完全に富良野塾の話になってますが。
第一回 私小説?それとも…山下澄人『しんせかい』のなりたち を読む
最終回 「主体的に何かやったことなんて一度もない」を読む