村山由佳の新作のモチーフは自らが抱いた「静かな殺意」だった
■自分とかつてのパートナーを重ねた登場人物たち
――「咲季子」という主人公はどのように作っていったのでしょうか。
村山:「殺意の場面を核に書いてほしい」と言った高橋前編集長は、この連載が始まる少し前に急逝しました。
この小説を読んでいただく前に逝ってしまわれたことは残念ですが、その意思を引き継いで、雑誌と書籍の担当2人とどのように物語を作っていくかを話していたんです。
そこで「村山さんは庭いじりを趣味にしているので、ぜひとも(小説の中で)庭に穴を掘ってほしいと言われまして(笑)。そこでもう、咲季子が夫の道彦を殺めてしまうことは決まっていたんですね。
そのときどのように犯罪を隠ぺいするか、女性一人なら大の男を遠くへ運ぶことはできない。ならば庭に埋めてしまおう。その庭は、咲季子が育てた薔薇が咲き誇っている。そのようにしてジグゾーパズルのように組み合わさっていきました。タイトルも早い段階から決まりましたし。
――それが『ラヴィアンローズ』ですね。
村山:そうですね。すでにエディット・ピアフの歌と重ねて描くことも決めていました。
――「薔薇の庭」の描写が非常に丁寧に書かれているのが印象的でした。
村山:「薔薇の庭」についてはかなり克明に書いています。
咲季子の造形は、とにかく庭に命を懸けている、庭を守りたいと思っているところが核です。彼女は透明な檻の中にいるけれど、その檻の存在には気付いていない。ただ、薔薇の庭が自分にとってただひとつの自由の場であり、庭だけを支えに生きています。
それがこの結末を呼びこむわけで、男がきっかけでいざこざが起きてしまい、それがどんどん引き返しがたい方向に進んでいってしまうんです。
――咲季子の夫である「道彦」は亭主関白な性格で、デザイナーとしても活躍しているように見えるけれど裏があるという人物です。
村山:道彦は、かつて私の身近にいた男性がモデルです。私が殺意を抱いたのもその男性に対してでした。
だから、書きながらとてもしんどかったですね。モデルとなった人は長い年月にわたって深く関わった人で、いろいろあって一時は殺意を抱いたとはいえ、今は恨みがあるわけではないんです。むしろ感謝しかなくて、彼個人に対する感情は無色透明なんです。
それなのに、かつて自分が浴びた言葉や、その時の想いをもう一度掘り起こして書いていくと、平静ではいられないものがありました。言葉にはこんなにも効力があったのかと。まだ過去と冷静に向き合えない自分がいて驚きました。
(中編は8月31日配信予定!)