だれかに話したくなる本の話

「見えない障害」がもたらす苦悩 高次脳機能障害から見える社会の「困難」とは

■「わかりやすさ」と「イメージ」の狭間で

 
小林さんが昨年11月に上梓した『18歳のビッグバン』(あけび書房刊)には、「見えない障害」を抱える一人の青年の苦悩が告白されている。

仲良くなった女の子との恋は、「女の子は男の子の左側を歩く」という女の子の固定観念をきっかけに不和が生じ、儚く散ってしまった。もちろん、彼女には自分の障害を説明したが、やはり完璧な理解は難しい。「見えない障害」ならばなおさらだろう。彼が述べる「困難」は、そんなところまで転がっている。
 
「自己肯定感が低い人間なので、障害をどこまで説明するかというのもすごく悩むんです。率先して発言することで、自分が『見えない障害』の代表者になるのも違うと思うし…。高次脳機能障害って、脳の損傷の部位によって障害のあらわれ方が違うんですよね。だから、高次脳機能障害といえば小林さん、とイメージを結び付けられることには抵抗があります」

小林さんの叫びにも似た想いが書籍全体から伝わってくることに反して、「障害」についてはかなり慎重に語っている印象を受ける。あくまでここで書かれているのは自分の個別のケースである、と訴えるように。

しかし、そうした小林さん個人が抱える悩みや問題とは別のところで、「見えない障害」による周囲からのイメージや理解に対して苦しむこともあるという。
 
「『障害の重さ』が見えている人の方が、発言力は大きくなる傾向はあるように思います。『私たちも困難を持っている』と主張しづらいところがあるというか。自分は障害者って言っていいのか? と考えてしまうときもあるくらいで…。
だから、僕は障害者の家族によって組織された支援団体とは付き合ってこなかったんです。当事者不在の支援現場は意外とあります。逆に、アルコール疾患やLGBTなどのマイノリティの当事者たちが集まって彼らが主体で活動している場所に顔を出すようにしてきましたね。

「これは似ているな」と思ったのは、身体障害がやはり一番パイが大きくて、主導権を握っているんですね。それが性的少数派、流行りのLGBTだと、ゲイカルチャーとか、ゲイ文化という言葉があるように、ゲイのほうが肯定的にとらえられるそうです。だから、私の立ち位置は、境界やカテゴライズが複雑なトランスジェンダーに近いのかな、とか…。
マイノリティの中でも、カテゴライズしにくい人たちが、どういう風に生きているのかということはよく見ています」
 

■誰もが生きづらさを抱えている

 
予期せぬ脳梗塞から手術、そして療養を経て退院した直後の小林さんは、日常生活の中で自分の体が上手く動かない後遺症と闘っていた。それでも、時に「健常者のふり」をすることもあったという。

「見えない障害」を抱える小林さんにとって、この社会で「生きやすい」と思う瞬間はあるのだろうか? 最後に、小林さんにとって「生きやすさ」とは何か、質問を投げかけてみた。
 
「『生きやすい』の正体は分からないけれど、ありのままに生きる難しさはあると思います。
ただ、ありのままに生きるためには自己肯定感が必要ですが、それが行き過ぎてしまうと、自分の倫理観だけで動いてしまうようになるじゃないですか。だから自己肯定感が大事だとはいえ、腹8分目くらいでいいのかなと。生きづらさもどこかで抱えていたほうがいいように思うんです。

また、見た目からでは分からない『生きづらさ』は健常者であっても抱えているはずです。受験や就職活動に失敗して鬱になってしまったり、失恋をして半年間立ち直れなかったり、こういうのも『生きづらさ』に直結するものですよね。僕自身、18歳で障害者になりましたけど、それ以前も生きやすかったかといえば、逆で『生きづらさ』のほうが感じていたと思うんですよ。

この本で『健常者福祉』という言葉を提案していますが、『生きやすさ』だけを追求するのではなくて、『生きづらさ』をどこかで抱えて、いろいろなものに依存しながら、お互い迷惑をかけあっていくことが大切だと思います。障害者も健常者も、人に迷惑をかけずに生きていくことはできませんから」

小林さん近影

(取材・文/金井元貴)

18歳のビッグバン―見えない障害を抱えて生きるということ

18歳のビッグバン―見えない障害を抱えて生きるということ

大学受験を目指していた18歳の春に「広範囲脳梗塞」で倒れ、身体機能と脳機能に重複した障害を抱えた筆者。
3年の闘病を経て一部の障害を克服するが、外見からは困難が分からない中途障害者となる。
いま28歳の筆者は、東大先端科学技術研究センターに従事し、「見えない障害」問題の啓発で講演やトークイベントなど東奔西走する。
「見えない障害」問題を訴える渾身の書

この記事のライター

金井氏の顔写真

金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
facebook:@kanaimotoki
twitter:@kanaimotoki
audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

このライターの他の記事