だれかに話したくなる本の話

あの日本の伝統食がアジアの辺境で食べられている理由

出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。
記念すべき第80回は、誰も行かない世界の辺境を冒険するノンフィクション作家・高野秀行さんです。

最新作『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』(新潮社刊)は、日本の伝統食だと思われがちな納豆が、アジアの辺境地域の少数民族の間でも日常的に食べられていることを発見したことから始まり、あまりにも深すぎる納豆紀行が展開されるノンフィクション。

タイ、ミャンマー、ラオスの一帯から始まり、ブータンやネパール、中国から日本へ。飽くなき納豆の探究の旅の果てに見つけたものとは…? 高野さんにとってはこれまで行った場所の再訪が多かったという「センチメンタルジャーニー」の全貌と、アジア納豆の奥深さについてお話をうかがいました。3回にわたってお送りしていきます。
(取材・文:金井元貴、写真:山田洋介)

■アジアの辺境は「納豆民族」で溢れていた

――2013年頃にはすでに納豆にハマっていることを公言されていましたが、ついに書籍になりましたね。

高野:3年かかっちゃいましたけど、本になりました。

――今回は納豆ということですが、納豆をめぐる旅のきっかけは?

高野:スタートはミャンマーの少数民族であるシャン族の納豆です。もともとシャン族とは付き合いが深くて、彼らの独立運動を手伝っていたこともあるのですが、今まで一度も彼らについてまとまった文章を書いてこなかったんですよ。

だから、シャン族について書きたいというところで始めたのですが、調べている中で、納豆に目が行くわけですね。もちろんそれまでも辺境地域で納豆料理を食べていたわけですけど、そういえば、なんでこんな辺境に納豆があるんだろうと。そこで納豆について調べて出したところ、これが面白くて、深みに入っていってしまったという流れですね。

シャン族の間では、納豆は「トナオ」と呼ばれていて、薄焼きせんべいのような形をしているものもあります。でも、匂いはまさしく納豆。しかも彼らは「私たちのソウルフードだ」と言っているんですよ。

――サブタイトルにもあるように、日本の納豆についても調べていますよね。

高野:辺境の納豆を知れば知るほど、日本の納豆と比較したくなります。でも、日本の納豆のことがまったく分からないんです。そこで調べてみると、これがまた意外なことだらけで、「めちゃくちゃ面白い!!」となりました。

――そもそも納豆は日本の伝統的な食材というイメージがありますけど、日本だけではないんですね。

高野:そうではないんですよ。日本人よりも納豆を食べている民族はたくさんあります。

――なぜ東南アジアの辺境地域にも納豆があるのでしょうか。

高野:本の中でも書いているけれど、納豆は「山の民」の食べもので、いわば辺境食なんですよ。

平野部は土地が豊かで、大きな川があって、そこには魚もいるし家畜も飼いやすい。海があれば魚介類も獲れます。だから人口が増えるし、文明も発達していく。そういう経緯を辿って、平野部の民族がマジョリティになっていくわけです。ミャンマーにしても、タイにしても、マジョリティは平野部にいます。

一方で少数民族は山岳部にいることが多いから、どうしても動物性たんぱく質やうまみ調味料にアクセスしにくいんですね。そのため、痩せた土地でもよく育つ大豆由来の納豆を貴重なたんぱく源と旨味調味料にしているんです。

――この本でそのことを知って驚きました。納豆は辺境地域の環境とよく合う食べ物ですよね。

高野:そうなんですよ。だから、今回の納豆の旅は、僕にとって「センチメンタルジャーニー」のような感じで、今まで行ったことがある場所を再訪することが多かったんです。シャン族もそうだし、カチン族、ナガ族も。あとは中国のミャオ族、ブータンもそうでした。

■納豆と川海苔をベースにしたディップが最高に美味い!

――この本にはさまざまな納豆料理が出てきますが、バリエーションが豊富です。

高野:日本だとダイレクトにご飯にかけて食べる方法が一般的ですけど、生だけではなくて炒めてあったり、ペーストにしてあったり、せんべい状になっていたり、食べやすくなっているのも辺境の納豆料理の特徴ですね。


――日本人の中にも納豆が苦手という人はいますが、アジアの辺境の納豆民族の中にも苦手という人はいるんですか?

高野:それはもちろんいますよ(笑)ただ、日本人ほど多くはないです。日本人は納豆が苦手な人が多すぎます。その辺も「納豆後進国」ですよね。

――納豆紀行の中で、一番美味しいと思った納豆料理はなんですか?

高野:これはいろいろあるのですが…まず思い浮かぶのは、シャン族の料理で、納豆と川海苔をベースにしたディップですね。そのディップに生野菜やゆでた野菜をつけて食べる。これが美味いんですよ。ザ・和食!という感じで。

――納豆と川海苔をベースにしたディップという発想がすごいですね。

高野:そう使うか、って思いますよね。これってベジタリアン的な食べ物なんだけど、お肉も食べる人からすれば、野菜だけの料理って物足りなさを感じることが多いじゃないですか。でも納豆が入るだけで、その物足りなさが消えるんです。たんぱく質の力というか、お腹にたまるような感覚ですよね。

――他に美味しかったものはありますか?

高野:ティラピアっていう魚の背中を開いて、そこに納豆とトウガラシとパクチー、たまねぎ、にんにくを混ぜたものを詰めるんです。それを揚げた料理は最高に美味かったですね。

やっぱり、馴染みのある味というか、懐かしい感じがするんです。どんなに加工の仕方が違っても納豆は納豆だから、食べると力が抜けるんですよ。

(第2回へ続く)

この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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