「やることがなくなったから」人気作家が小説を書き始めた理由
出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
第60回となる今回は、今年7月に新刊『小森谷くんが決めたこと』(小学館/刊)を刊行、そして昨年発売された『デビクロくんの恋と魔法』が映画化と、ますます勢いに乗っている中村航さんです。
『小森谷くんが決めたこと』は、実在する一般人「小森谷くん」に徹底取材、彼の半生をそのまま小説にするという、風変わりな小説です。
この奇妙な小説は一体どのように生まれ、書き上げられていったのか。映画版が11月公開予定の『デビクロくんの恋と魔法』の話も含めて、中村さんにお話を伺いました。注目の最終回です。
■仕事をやめて退路を断ち、小説家を目指す
―小説を書き始めたきっかけがありましたら教えていただけますか?
中村:やることがなくなったから、というのが正直なところです。ずっとやっていたバンドが解散することになって、そうすると本当にやることがなかったんですよ。
当時、友達がみんなアメリカに行くだの実家に帰るだの、アルバイトから正社員になるだのと、ちょうど変化の大きい時期でした。それとバンドの解散が重なって友達が散り散りになってしまうような時で、「俺これからどうしようかな?」という話を友達にしたら「小説を書いてみたら?」と言われたんです。半分冗談だったと思いますけどね。
でも、その時に小説の新人賞というものがあるらしいという話を聞いたんですよ。当時27歳くらいだったのですが、新人賞を取れば小説家になれるんだと知って、じゃあやってみようかなと思ったのがきっかけです。
―デビューしたのは河出書房新社の文藝賞ですから、かなり枚数を書かないといけません。初めて小説を書く人にとってはかなり大変だったのではないですか?
中村:本腰を入れて書くとなった時に、それまで勤めていた会社を辞めてしまったんですよ。そうやって、書かなきゃいけない状況に自分を追い込みました。
最近、デビュー作も含めて昔の作品を読み返す機会があって、古いものから順に読んでいったんですけど、恥ずかしいというか何というか、すごく下手ですし、よく賞が取れたなと(笑)。
―やはり今振り返ると下手に思えるものなのですね。
中村:まあ、そうなのかもしれないですね。ただ、なんと言いますか、変な感じというか奇妙な雰囲気は出ているし、勢いというか、迸るものがある。今ではもう決して書くことができないのは確かです。小説の評価って難しいと思うのですが、『リレキショ』を選んでくれた人はすごいと思う。勇気もある(笑)。
―中村さんが人生に影響を受けた本がありましたら、3冊ほどご紹介いただければと思います。
中村:まずは『あしたのジョー』です。小学5年生くらいの時に読んだのですが、ストーリーもので初めて熱中した漫画だったと思います。
二つ目は下村湖人さんの『次郎物語』。これは第一部から第五部まであって、幼稚園の時の話から、小中学校、高校とだんだん次郎が成長していって、第五部で未完で終わっているのですが、これは『小森谷くんが決めたこと』の作り方にも繋がっています。やはり小学生時代に何度も読んだ本で、当時は自分の年齢と近い第一部と第二部がおもしろかったのですが、今読むとまた違った感想があると思いますね。
最後は『哀愁の町に霧が降るのだ』です。これは椎名誠さんの自伝的小説で、現代のエッセイと青春時代の回想がいったりきたりするという、ちょっと変わった構成になっています。
僕が高校2年生くらいのときにブルーハーツが出てきたんですけど、初めて聴いた時に「こんなんでいいんだ!」って思ったんです。簡単なコードを掻き鳴らしてシンプルなメロディを歌う。この本を読んだのは、ちょうど小説を書こうと思った時期だったのですが、パンクロックを初めて聴いた時の衝撃と似ていました。
自分がおもしろかったことをそのまま書いているだけなのに、ものすごくおもしろい。「これなら俺にもできるかもしれない」と思えたんです。
―最後になりますが、中村さんのご本の読者の方々にメッセージをお願いできればと思います。
中村:昔から僕の本を読んでくださっている方には感謝の言葉もありません。最近初めて読んでくださった方も、ありがとうございます。すごくうれしく思っています。
いつも小説を書く時は、普段あまり本を読まない人にも読んでほしいと思っているのですが、小説って読んでみると意外とおもしろいんですよ。今回の『小森谷くんが決めたこと』も『デビクロくんの恋と魔法』も、みなさんが「小説のおもしろさってこのくらいでしょ?」と思っている、それよりももうちょっとおもしろいと思います(笑)。よかったら、ぜひ読んでみてください!
(インタビュー・記事/山田洋介)