だれかに話したくなる本の話

人は「過去の無自覚な加害」とどう向き合うべきか カツセマサヒコさんインタビュー(1)

多くの人が、過去に誰かに傷つけられた経験を持っている。それと同様、誰かを傷つけた経験も持っている。たとえその時は傷つけている自覚がなかったとしても、その「誰か」は今でもその傷に苦しんでいるかもしれない。

時代によって価値観や善悪の観念が移り変わっていくなかで、私たちは「過去の無自覚な加害」にどれだけ自覚的でいられるのだろうか。そして、「加害を行っていた自分」とどう向き合っていけばいいのだろうか。

カツセマサヒコさんの新刊『ブルーマリッジ』(新潮社刊)は、部下の告発から人生が瓦解していく土方剛と、ある出来事によって婚約者との幸せなはずの日常に暗雲が垂れ込める雨宮守の人生を通して、多くのことを問いかける物語だ。

今回はカツセさんにインタビュー。この物語がどのように構想され、書き上げられていったのかをうかがった。

(インタビュー・記事/山田洋介)

■「無自覚な加害」の可能性に気づいたことで生まれた物語

――『ブルーマリッジ』はカツセさんにとって3作目の長編小説です。まず、構想段階で考えていたことについてお話をうかがえればと思います。

カツセ:7〜8年くらい前から、フェミニズムやジェンダーに関する記事や書籍に触れる機会が増えていったのですが、そこで知識を得ていく過程で、過去の自分の言動やコラムで書いたことが、あまりに加害性に満ちていたことに気が付いていきました。2作目の『夜行秘密』を書き終えた頃から、自分の中にもあったこの「無自覚な加害」というテーマで小説を書いてみたい、と思うようになった気がします。

――知らず知らずのうちに誰かを傷つけていた、という経験は誰もが持っているでしょうね。

カツセ:そうですね。それをどうしたらいいのか。謝るにしても相手が今どこにいるかわからないかもしれませんし、そもそも謝って済むなんて都合のいい話もないわけです。許されたいがために謝るのは加害者の傲慢でしかない。では、こういうモヤモヤした気持ちとどのように向き合うべきか。その答えを探すように、書き始めた気がします。これを書かないと次には進めないと思っていました。

――今回の小説は「結婚」と「離婚」もテーマになっていますが、このテーマはどのように決まったのでしょうか。

カツセ:無自覚な加害の対象はいろいろあると思いますが、一番その影響を受けるのは配偶者やパートナーだと思いました。それで結婚と離婚というテーマが出てきました。

――これまでに誰かを無自覚に傷つけていた可能性はありますが、そのことばかり考えて生きていくのも辛いですし、これからどういう態度で生きていけばいいのかと、この小説を読んで悩んでしまいました。

カツセ:そうやって悩んでくれたのはうれしいです。一緒に悩んでくれる人がほしくて書いた本なのかもしれません(笑)。自分の加害のことばかり考えて生きるのはたしかに辛いですが、その対象になった人が今どこでどんな暮らしをしているかはわからない以上、こちらが「加害をした」と考えている限り、その傷は確実に存在していると考えています。

――本人の実際の気持ちはわからないにしても、こちらに加害の意識がある以上、その意識と向き合っていかないといけない、ということですね。

カツセ:そうですね。相手が今も傷つけられたことを気にしているかもしれないと思い続けることは、加害した側としては忘れてはいけないと思います。

その意識を持っておくことで、この先の人生ではもう誰かを傷つけないようにしようと自覚できます。自分の加害性と向き合ってはじめて、これ以上は誰かの傷を増やさないようにできる。そこにせめてもの前向きな捉え方をするしかないのだろうと今は考えています。

もちろん、簡単なことではありません。時代とともに、たとえば「こんなことも差別だったのか」と気づいていくこともあるはず。それらを一つずつ修正していくと考えると、もう自分の加害性と向き合うことには終わりがありません。でもそうやって自分を常に更新していくことが、これからの自分の人生には必要なんだと思っています。

――自分の価値観に依怙地になるといいますか、変わることを恐れるようにはならないようにしたいです。

カツセ:それはずっと書きたかったことでもあります。この小説では主人公が二人いて、一人は20代の雨宮という青年で、もう一人は同じ会社の別の部署で働く土方という中年の男性なのですが、まず思い浮かんだのは土方の方でした。

――土方は典型的な「体育会系の昭和型上司」として描かれていて、かなり今の時代とはミスマッチな人物ですよね。

カツセ:そうですね。現実世界を見ていて、たとえば高齢の政治家が過去の失言をまったく反省せずに、同じような発言を繰り返していたりするじゃないですか。自分もいつかああなってしまうのかなと思うと、嫌で仕方ないんです。でも、そう思った時に、土方のような人だって、気づきさえあれば変化していけるのではと思ったんですよね。

――カツセさんは会社員をされていた時期もあるとのことですが、土方はその経験からできたキャラクターなのでしょうか?

カツセ:僕自身が土方のような上司と仕事をしていたとか、彼のような人に何かされたということはないです。彼に関してはあえてややステレオタイプに「昭和の男」として書いています。

時代によって良し悪しや価値観は移り変わっていくわけで、昭和の時代であれば土方のような生き方は良しとされていましたし、肯定されて、賞賛さえされていたはずです。時代が変わってもシーラカンスのようにそのままの形で生き永らえてしまった人が土方で、彼にどうリアリティを持たせるかというところはとても気を遣いました。

――世代的には土方と近いですが、比較的柔軟な三条というキャラクターが登場することで、土方にリアリティが出ている印象を受けました。

カツセ:三条は土方と違って、時代に合わせて変わっていけた人ですよね。たしかに二人の対比があったから土方がより明確なキャラクターになったのかもしれません。

――現実問題として、土方のように目下の人間に高圧的で、無自覚にハラスメントを繰り返す上司の下についたときにどうすればいいのか、というのは気になります。

カツセ:組織として、どうしてそんな人物が野放しになっているのか、という点が気になります。そういう人がいること自体は仕方ないかもしれませんが、組織の中で重要なポジションを与えられたままでいるのは、あきらかに人事や経営の怠慢です。なんらかの方法でそこに訴える必要がありますが、社内の人間関係もあって難しい場合は、担当レベルで親身に相談に乗ってくれる人を探すところから始まる気がします。何より、被害者は孤独になりがちなので、そこから脱するためにも助けを求められそうな相手を見つけることが先決かと思います。

また、昭和気質の上司が自分の職場にいた場合、どんなところが昭和気質で、ハラスメントと呼ばれないための狡猾さをどの程度持っているのか、音声に録ったり文章に残したりした方がいいと思います。そうした客観的な記録が、いざというときに役に立つはずなので。

――組織の問題という点では、土方と雨宮が働く食品専門商社も、人事部長が変わったことでようやくハラスメント対策に本腰を入れたわけで、新しい風が入ってこなければいつまでも社風が変わらなかった可能性がありますよね。

カツセ:土方のような昭和型の上司が野放しになっていたわけですから、この物語の舞台となる企業も、かなり古い体質の会社と言えます。人事部長が変わったことで、ようやく「ホワイトボックス」という、匿名で社内の人の告発ができる仕組みが導入されるのですが、現代の会社であれば、そもそも「風通しがいいのでそんな仕組みはいりません」となりそうですし、すでに似たような制度が存在している会社も多いでしょう。

――会社の体質が変わる時の軋轢や痛みが見える物語でもありました。

カツセ:今の時代に合わせて価値観がアップデートされた会社から転職してきた人事部長からすると、土方のような社員には「なんでこんな人間が問題を起こさずにやってこれたのか」と目が行くはずです。

でも、土方からしたら今まで通りに生きてきただけなので、突然「おまえのやり方は古い」って会社から言われるようになったら、受け入れがたいでしょうし、被害者意識も持つはずです。そのなかで、自分にとって大切な人から「古いよ」と言われたらどうなるだろうか、と思って書いたシーンもあります。

(後編につづく)

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この記事のライター

山田写真

山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

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