だれかに話したくなる本の話

「部下の手柄を横取りする上司」に優秀な人がいない理由

「この人とずっと仕事をしたい」と思える上司と巡り会えれば、仕事は楽しくやりがいのあるものになり、それは自分の成長にもつながっていく。ただ、日本ではリーダー教育があまりされてこなかったこともあり、若手社員から「この上司と働きたい」と思われるようなリーダーや管理職はまだまだ少ない。

それどころか「なんでこんな人がマネジャーをやってるんだ?」と部下から忌み嫌われる上司がどんな職場にも一人か二人は必ずいるもの。「憎まれ役に徹している」というケースもあるにはあるが、単に部下のやる気を奪い、生産性を落とすことしかできない「ダメ上司」もまたたくさんいるのである。

『なぜこんな人が上司なのか』(桃野泰徳著、新潮社刊)は、そんなダメ上司にならないために、マネジメント層に警鐘を鳴らす。

◾️「部下の手柄を横取りする上司」に優秀な人がいない理由

嫌われる上司の条件は数あれど「部下の手柄を横取りする」に勝るものはなかなかないはず。部下が出した成果をさも自分がやったかのように吹聴して回ったり、自分のおかげでプロジェクトがうまくいったと言ってはばからない上司は、まちがいなく部下から嫌われる。そして、こうした上司に優秀な人はまずいない。

では、こうした人物はなぜリーダーに不適格なのか。こんな「あれは俺がやった自慢」ばかりの上司は部下のモチベーションを下げる、というのももちろんある。それに加えて、本書では「仕事は天下一武道会ではない」として、こんな考察をしている。

腕力自慢の経営トップ1人と社員10人の組織よりも、10の優秀な社員を気持ちよく働かせることができる経営トップ1人の方が強いのが、組織力というものだ。(P 17より)

「俺が俺が」で、誰かがやった仕事を自分の手柄のように語っている上司の仕事は「天下一武道会」そのものである。自分の下の部下たちが気持ちよく働けるように気を回して、自分語りは控えた方が組織はうまく回る。もちろん成果も出る。さらには上司自身の社内評価も上がるというものだ。

◾️「置かれた場所で咲きなさい」を上司が部下に言う無責任

「置かれた場所で咲きなさい」という一見耳障りのいい言葉。自分の意思を貫くばかりでなく、周りから求められている場所でがんばるのも一つの道だよ、というニュアンスがある。ビジネスの世界でも使われるシーンがたくさんあるし、この言葉に救われる人もきっといるはずだ。

ただ、自分の処遇に不満を持っている部下に対して上司が「置かれた場所で咲きなさい、という言葉もあるよ」と諌めるのは、部下によっては「あんたに何がわかるんだ」となってしまう、無責任な響きも伴っていることに注意が必要だ。

置かれた場所で咲いている間に、時間はどんどん過ぎてしまう。自分のキャリアを明確に描いている部下なら、上司にこんなことを言われたら、即座にその上司も会社も信用しなくなるだろう。

言葉は誰が誰に言うかによって意味合いが変わる。宗教家が信者に、教師が生徒に言うのと、上司が部下に言うのではまるっきり色合いが変わってしまう。それが「置かれた場所で咲きなさい」と言う言葉なのだ。不用意に部下に言うのは避けたほうがいい。

どんな上司が信頼を失い、どんな上司が部下からの敬愛を集めるのか。本書では両者の違いを明らかにするとともに、リーダーシップとは一体何なのか、というマネジメントの本質にまで切り込んでいく。

「部下に好かれたい」「嫌われたくない」といった表面的な人気に一喜一憂するのではなく、自分なりのリーダーシップを発揮した結果、部下に慕われるリーダーになるために、多くのものを得られる一冊だ。

(新刊JP編集部)

なぜこんな人が上司なのか

なぜこんな人が上司なのか

責任は取らず、手柄は自分のものに。失敗の本質を見抜けず、数字も時代の変化も読めず、無駄な努力を続ける。見当違いの対策を無理強いする――「あの人のことだ」と頭に浮かんだならば、ぜひ本書を開いていただきたい。無能な上司、経営者らの抱える根本的な問題と、そうならないための有益なアドバイスが詰まっているからだ。リーダー教育不在の日本企業に、ユーモアと新鮮な知見を込めた痛烈な一撃を食らわす一冊。

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