【「本が好き!」レビュー】『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』岸田奈美著
提供: 本が好き!人は、不幸や不運、辛さ悲しさをどうやって乗り越えればいいのだろう。
いや、乗り越えるということは労力がいる。だから、やり過ごす、気にせず生きるでもいい。死なずに生きる。死んだ方がいい、と思わなくて済むようにするには。
4歳下の弟はダウン症。14歳で父を亡くし、高1の時母は、手術の後遺症で車椅子生活となる。周りの人に助けられ、自分も頑張って社会人となり、頑張り過ぎて突然会社に行けなくなる。2ヶ月の休職。やがて作家として独立したあとも、書いた文章へ書かれた感想の内容がとげのように心に刺さる。
関西人のノリで書かれたエピソードはどれも、障がいや不幸な境遇を軽やかに乗り越えているかのように見えるが、懸命な努力や精神的オーバーフローの様子も垣間見える。
自分は不幸だ。
何で自分が。
こんな境遇でさえなければ。
死んだ方が楽だ。
辛い人生をどう考えるかは自分次第だ。ネガティブに考えてしまうこともあるだろう。そう考えることを誰が否定できる。どんなキレイゴトで慰めても、所詮は自分事ではない。
選ぶのは当人なのだ。だから、辛いであろう人生の出来事を笑いに替えて文章化している作者の選んだ人生は、その選択結果なのだろうが、それは単純にポジティブとだけ言えるものでもなさそうだ。
他人に嫌われず、だれをも幸せにできる人になりたい。
そんな高すぎるハードルは無理がある。それが無謀なことだと気がついたと語る「あとがき」が本編の「笑えるエピソード」の奥に在る本心を覗かせる。
父親を亡くした子どもたちを悲しませないように、子どもの前では涙を見せない努力を続けた母親と同じように「家族を支えなけば」と気負いこむ作者。けれど、それだけでどこまでも走り続けられる訳もなく。
愛されていたからこそ、受け入れてもらえていたからこそ、やれてきた。ここまで来れた。きっとそうなのだろう。人は子供のころから与えられてきたもので出来ていて、それ以外のものになるのはむずかしいのかもしれない。つらい境遇でも何とかやってこれ、周りの人に感謝の目を向けられるのは、きっとそういうことなのだろう。 人は、好きな自分でいられるときほど、他人に優しく出来る。自分が幸せでなければ他人の幸せは考えられない。そうではないか。だから、「あとがき」に記された作者の本音がとても共感できる。
「好きな自分でいられる人との関係性だけを大切にしていく」
世の中は自分が好きなひとだけではない。自分が嫌いで、他人も嫌いで、周りに毒を撒き散らすことを喜びとしている人もいる。同情すべきなのかも知れないが、それはその人の余裕の具合や考え方によることだろう。強制できるものでも、無理にすることでもない。
ミャンマーでは、車椅子で旅をしていると見知らぬ人々がすぐに手助けしてくれるという。しかし、それは来世のために徳を積むことが目的なだけ。地元では障がいある人は前世の行いが悪かったと考えられ、存在を隠されるらしい。だからそのような人のための環境整備はハードルが高い。
一見ドライに見えるニューヨークでは、困っているとはっきりと声をあげなければまったく放って置かれる。それは多種多様な人々が住む社会で、様々な価値観が共存している故。安易な判断は相手にとって望ましいことかはわからない。けれど、はっきりと主張をすれば助けてくれることに躊躇はない。
社会を変えようとか、間違いを正そうとか、そんな大それたことではなく、等身大の自分が、自分の好きな人を楽しませるために頑張る。工夫する。やってみる。そんな魅力。
(レビュー:マーブル)
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