【「本が好き!」レビュー】『マナートの娘たち』ディーマ・アルザヤット著
提供: 本が好き!原題は“Alligator and Other Stories”(2020)、シリア系アメリカ人作家のデビュー短編集。
私の訳者読みリストの上位にお名前のある小竹由美子さんの翻訳で、ちょっと変わった構成のとても美しい本だと聞いたので、電子書籍ではなく紙本で読もうと、発売前から予約して入手した本だ。
振り返って考えてみると“移民文学”を読む、と考えていた時点で、かなりの先入観を持っていたといえるだろう。
だからなおさら、ということもあるかもしれないが、読みながら何度も何度も驚かされることになった。
例えば、巻頭作「浄め(グスル)」は、姉が弟の遺体を浄める話だ。
読みながら(これが戦闘の続く地域での話だったなら、これほどのインパクトはなかったかもしれない)と考えている自分に気づいて、そのこと自体にも衝撃を受ける。
表題作「マナーとの娘たち」には、アラブ系移民二世の「わたし」や、若いときから型破りだった「わたし」の伯母が登場する。
シリアともアメリカとも切り離して語ることのできない物語でありつつも、国や宗教の違いをこえて、祖母も母もおばも、かつてはみんな娘だったという当たり前のことですら、若い頃には信じられないものなのだという共通項を見つけたような気持ちになる。
もちろん、彼女たちにも彼女たちなりの葛藤があったはずだということにもまた。
「失踪」の語り手ある僕の弟は、どうやら障害を持っているようで……。その残酷な展開があまりにもやるせなく思わず落涙。
衝撃的ともいえる三作を読み終えたあとに登場する「懸命に努力するものだけが成功する」の題材はハラスメント。
もちろんこれもパンチの効いた一作なのだが、想像に難くない世界にどこか安心している自分がいて、そのことにまたとまどう。
カナンと聞けばまずは聖書の“約束の地”を思い浮かべてしまうが、イスラム教におけるそれはどういう意味があるのか…と考えながら読み始めた「カナンの地で」。 主人公を苦しめている罪の意識が、彼の地の空気を薄くするかのように息が苦しい。
収録作品の中で一番ボリュームのある「アリゲーター」は、作品自体がまるでコラージュのよう。
読み解くのは容易ではなくなかなか全体像がつかめないが、それでも差別について、する側とされる側の違いについてと、あれこれ思い巡らさずにいられない。
コールセンターで働く女性の日常が描かれていたはずなのに、テレビに映し出された“事件”を機に、彼女の職場も作品の読み心地も一瞬にして雰囲気が変わってしまう、「サメの夏」もまた忘れがたい余韻を残す。
アメリカで生まれ育った世代と、なにもかも母国に置いてきたようでいて、様々な思いを捨てることの出来ない世代。
アイデンティティを問うなどというありふれた言葉で片付けられない「わたしたちはかつてシリア人だった」を若者はどう読むのか、その辺りも気になるところ。
トリを飾るのは「三幕構成による、ある女の子の物語」。
名前すら明かされないガール(女の子)のかたくなで反抗的ととらえられがちな態度の中に浮かび上がる孤独と寂しさ。
それでも最後に彼女が放つ言葉に思わず唇をかむ。
多くの悲しみを抱えながらそれでもひたむきに生きる人々を描いたという点ではオーソドックス、手法という点では斬新で、テーマとしては極めて今日的な、現代アメリカ文学。
お薦めです。
(レビュー:かもめ通信)
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