【「本が好き!」レビュー】『中庭のオレンジ』吉田篤弘著
提供: 本が好き!21の物語が収まったこの小さな本のあとがきで、作者は、「ぼくは子供の頃、物語に答えをもとめたことはありませんでした」と書いている。
「ただ、ひとつだけ分っていたのは、物語はいつも途中から始まって、途中で終わるということです」 この言葉を思いながら、21物語を振り返れば、どの物語も、確かに長い時間の流れのなかのほんの一瞬をきりとったものばかりだ。でも、その時間がほかのどの時間よりも特別な何かだから、物語になれた。
この世ではないどこかの物語もあるし、思いがけない不思議が起こる物語もある。
たとえば、『眠りの果ての〈兄弟の都〉』みたいに、どんな時でも(言葉を発するときでさえ)きょうだい二人が一組でお揃いの行動をしていたり、『アンドリューの個人天気予報』では、シルクハットの上の避雷針が雷を招き寄せていたり、『ジャレ』では、額装中の絵の中の神様が額縁屋に話しかけてきたり。
遠いどこかの不思議な物語のようだが、この驚きや笑い、ときどきの哀しみなど、意外に近しく親しみのあるものだったと気づく。
一方で、不思議要素はあまりなくて、私の住んでいるこの町のどこかで、今日起きても不思議はない物語もある。
たとえば、『眼鏡の二人』みたいに、夫婦が交代で眼鏡をなくしていたり、『水色のリボン』みたいに、大きな荷物よりも、ごく小さなものを運ぶのが得意な引越し屋がいたり、『ジョー・ハンセン』みたいに、いなくなった犬ーー名前を呼ばれるとウォンと返事をする犬を、をさがしていたり。
でも、これら、ありふれた出来事だろうか。もしかしたら、とんでもなく奇跡的で不思議な瞬間に私は立ち会ったのかもしれない。
どれも独立した物語だけれど、『中庭のオレンジ』のオレンジの木は、連作のように三つの物語に登場し、21の物語の上に枝を広げているみたいに思える。
21の物語のひとつずつが、爽やかな香りを放つ美しいオレンジみたいに思える。
どの物語も、ショートショートといいたいくらいの短さなので、隙間時間にちょこちょこと読むのがいいかも。オレンジのひと房、ひと房を味わって楽しむように。
私が好きなのは『神さまの手紙』のこの言葉だ。
「ああ、もしかして、神さまというのはこんなふうに笑うのか」
(レビュー:ぱせり)
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