【「本が好き!」レビュー】『料理人』ハリー・クレッシング著
提供: 本が好き!1965年刊の本書を読んでいて思い出したのは、ジョゼフ・ロージー監督のイギリス映画『召使』The Seravant(1963年)でした。この映画には同題の原作があり、サマセット・モームの甥ロビン・モームが1948年に発表しています。原作の方は翻訳も出ていませんし、未読なのですが、本書の内容に触れる前に、映画の方を簡単に紹介します。
ブラジルでの事業立ち上げと結婚のために、海外からロンドンに帰ってきた貴族トニー(ジェームズ・フォックス)は、バレット(ダーク・ボガード)という召使を雇います。召使と云っても、男一人所帯のため、料理を含め何でもやらせますが、彼の仕事ぶりがあまりに完璧なので、トニーは彼の意見は何でも聞き、次第に何もかも任せるようになります。トニーの婚約者スーザンはそんなバレットのことが気に入らず、首にするようにトニーに迫るのですが、トニーは受け入れません。そのうちに、バレットは妹と称して愛人(サラ・マイルズ)をメイドとして同居させ、彼女にトニーを誘惑させます。そして、気がついてみると、いつの間にかトニーはバレットなしでは何もできないようになり、主従関係が完全に逆転してしまうのでした。
さて、本書『料理人』The Cook の方はというと、ヒル家とヴェイル家の二つの名家が存在する田舎町コブに、コンラッドという料理人がやってくるところから始まります。彼はヒル家が募集した料理人候補としてやってきたのですが、面接した主人のベンジャミン・ヒルは、働いたことがないにもかかわらず、ロンドン一流レストランのコック長、著名人等の推薦状や保証書の多さに驚きます。試しに雇ってみると、その腕前の見事なこと!ヒル夫婦と子供たちは大喜びします。ところが、コンラッドは前からいる召使やメイドを排斥するようになり、ヒル夫婦を丸め込んで彼らを次々に首にします。そして、彼らの役割をヒル家の人々にさせるようにします。コンラッドのおかげで料理の楽しさに目覚めた彼らは、嬉々としてコンラッドの言う通りにするのです。こうして、ヒル家の人々が意識しいないうちに、主従関係が逆転してしまいます。おまけに、ヒル家の娘はコンラッドのことが気に入り、自分の婚約者を見捨ててしまうのでした。
ここまで説明すれば、主従関係の逆転、階級の逆転というテーマも含めて、この二作の内容の類似性は明らかでしょう。スケールは違うのですが、乱痴気パーティーで終わるエンディングも共通しています。はっきりした違いというと、『召使』では控えめながらもトニーとバレットの同性愛関係が感じられることでしょう。
作者のハレー・クレッシングですが、訳者あとがきでは正体不明の覆面作家ぐらいにした書いてありません。ただ、Wikipediaによると、1928年アメリカ生まれで、ロンドンに移住して、長年そこで弁護士と経済学者を職業としていましたが、晩年はアメリカに戻って1990年に没した人物だそうです。作品とすると『料理人』の他は、中編2作を書いたのみで、そもそも職業作家として生活するつもりはなかったようです。また、日本語版はありますが、英語も含めて他言語のWikipediaには登録されていない作家なので、海外ではほとんど忘れられた存在なのかもしれません。
というわけで、断言はできないのですが、発表タイミングから見て、クレッシングが原作を読んでいたかは分からないものの、やはり本書は映画『召使』からインスパイアされたもののようです。出版当時、そう思った人は少なくなかったでしょう。作者が料理に詳しかったのかどうかも分かりませんが、本書の描写からすると、作る側というより食べる側で料理を楽しんでいたようで、映画がきっかけで本書を書いたものの、最初から一作だけのつもりだったので、覆面作家としてデビューしたと推測しています。
さて、個人的にはデジャビュ感がずっと付きまといながら読んでいたもので、その分本書に対する感心度合も低くなったようです。ただ、ブラック・ユーモアというほど「読んで楽しい」わけではありませんが、面白い本であることは間違いないので、こういう奇妙な味がお好きな方は楽しめると思います。
(レビュー:hacker)
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