だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『バッサ・モデネーゼの悪魔たち』パブロ・トリンチャ著

提供: 本が好き!

1998年11月のある夜明け頃、ボローニャの少年裁判所が発行した隔離令状をもって、ロレーナとその夫デルフィーノ・コヴェッツィの自宅に警察がやってきた。
夫婦の姪であり、ソーシャルワーカーに保護されていた8歳の少女の告発が原因だった。姪の証言によれば、ロレーナとその夫は、児童虐待や殺人に手を染めている邪悪なカルト集団の関係者だということだった。
夫妻の4人の子どもたちは緊急に保護され、両親は子どもたちに一切会うことができなくなった。
やがて子どもたちはそれぞれ別の家庭に引き取られる。

コヴェッツィ夫妻は裁判にかけられ、一審で懲役12年を、その後長い訴訟の末に2014年に無罪判決を言い渡された。
もっとも夫が訴訟の結末を見届けることはなかった。
彼はその前年に病死していたのだった。
ロレーナに残されたのは、当時まだお腹の中にいた第5子ステファノだけだった。
彼女はもう何年も前から、自分の人生をめちゃくちゃにした人たちについて発信をつづけているという。

この本の著者であるジャーナリストのパブロは当初、ロレーナの話を信用してもいいものかどうか、判断がつきかねていた。
ロレーナの説明は不明瞭な点が多かった。
なによりも、彼女が潔白ならなぜ、子どもたちは自分の母親を告発したのかという点がひっかかった。

それでも、調査を進めていくうちに……。

本書は、イタリアの優れたジャーナリズムに与えられる「エステンセ賞」を受賞したノンフィクションだ。

とても悲惨な事件を扱ったノンフィクションなのだから、面白かったという言葉はそぐわないだろう。
それでも手に汗握り一気読みせずにはいられなかったことは事実だ。

1990年代末に発覚した、北イタリアのバッサ・モデネーゼで、いくつもの家庭を巻きこんだ性的虐待事案。
幼い児童に手をかけたのは、その両親や、親戚や、きょうだいたちだった。
地元新聞は加害者たちを「バッサ・モデネーゼの悪魔たち」と呼び、このおぞましい事件の推移を逐一伝えた。
虐待が発覚する原因になったのは、ひとりの子どもの証言だった。
貧困家庭に生まれ、ソーシャルワーカーによって親元から一時保護されたダリオという少年の口から語られた言葉は、大人たちを戦慄させた。 性的虐待、殺人、墓地での悪魔的儀式……。
この証言をきっかけに、いくつもの家庭の親たちが、小児性愛の加害者として告発されていく。
結果、多くの大人たちが検挙され、16人の子どもたちが保護されて、養親の元で育てられることになったというのだ。

複数の被告人に無罪判決がでているなど、冒頭からこの事件には疑問符がつけられているのだと知らされていても、生々しく語られる事件の推移を読み進めていると、誰も彼もが怪しげで、いったい真相はどこにあるのかと考えずにはいられない。

「あの人があやしい」などと、まるでミステリを読んでいるかのような気分になっていくのは、真相を直視するのがしんどいからだけでなく、私もまた扇動報道にのせられるその他大勢の一人だからだろう。

このあまりにも不幸な事件の責任を、経験の浅い若きカウンセラー一人に負わせることはできないだろうとは思う。

子どもを護ろういう気概と、自分が大きな役割を果たせるという気持ちが、未熟なカウンセリング技術を暴走させた面はあるのかもしれない。
同様に過剰ともいえるダリオの養母の対応もやはり、自分の果たす役割に酔いしれている部分がありそうだ。
不可解なのは鑑定をした医師だ。
この医師もまた、何らかのトラウマを抱えていたのだろうか?

だがしかし、この「専門家」たちの、その後何度も修正する機会があったのにもかかわらず、今もその過ちを認めようとしないばかりか、既に大人になったかつての「被害者」たちをなおコントロールしようという姿勢は、やはり非難せざるを得ないし、そこには様々な思惑や利権が絡んでいるのではないかと推測も、根拠のないこととはいえないだろう。

そのあたりのことは、現在も続いているというこの「専門家」たちを告発した裁判の中である程度明らかになっていくのかもしれない。

そういった舞台裏があるにしろ、子どもからの聴取が、大人に対するそれと比べても非常に難しいこと自体は、想像に難くない。

性犯罪において誘導尋問などが原因でえん罪が多発した欧米を中心に“司法面接(Forensic interviewing)”が始まったのはたしか1980年代だったはずだが、当時のイタリアではそうした経験値がまだ低かったのかもしれない。

何度も同じ質問を繰り返されるうち(期待される答えを言わない限り、自由になれない)(事実と違っていてても、ここは認めておいた方が良いのかもしれない)などと思い、記憶とは異なることを言ってしまうことは、大人にだってあることが、いくつものえん罪事件で明らかになっている。 ましてや相手は子どもだ。

また、警察や検察、児童相談所などの関係機関が、子どもから別々に何度も被害状況を聞き取るという行為は、被害を受けた子どもにとっては、繰り返し辛い体験を聞かれる被害の“再体験”であり、身体的にも心理的にも大きな負担がかかりもする。

大きな負担が掛かるのは、被害を受けていない場合も同様で、繰り返し同じ事を聞かれるうちに、今はショックでよく思い出せないが、実際にそういうことがあったのだという偽りの記憶を持ち始めてしまうこともある。

そういったことをふせぐための“司法面接(Forensic interviewing)”は、現在、日本の現場でも取り入れられているが、課題もまだまだ多いとも聞く。

“だから子どもの証言は当てにならない”などという意見も、どこからか出てきそうではあるがそうではなくて、様々なリスクを回避しながら、子どもの状況を把握していく方法を、大人たちがみつけていく必要性を改めて感じもする。

そんなことをあれこれ考えてみたところで、壊されてしまった家族関係も、失われてしまった時間も二度と元には戻らない。

それでも、第二、第三の、ロレーナとその子どもたちを生み出さないために、そしてもちろん、本当に保護を必要としている子どもたちに手を差し伸べるためにも、子どもたちの訴えを正しく受け止めることができるようにしていくことが、大人たちの責任であることは確かだ。

(レビュー:かもめ通信

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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バッサ・モデネーゼの悪魔たち

バッサ・モデネーゼの悪魔たち

「この本に書かれている事柄に、筆者はいかなる脚色も加えていない」――現代イタリアの司法史上、最も不可解とされたカルト犯罪の真実を暴くノンフィクション。

1997年から翌年にかけて、性的虐待、墓地での悪魔的儀式といった一連の事件が発生する。捜査の結果、ある少年の証言を契機に何人もの親たちが加害者として告発され、家庭が崩壊してゆく……。しかし、なぜこの事件の「事実」を語るのが子どもたちばかりなのか? 20年を経て著者が追及して初めて明らかになった、心理学の空隙を突く悲劇的な真相とは……!?

*2020年、イタリアの優れたジャーナリズムに与えられるエステンセ賞を受賞。
*2021年、イタリアAmazonでは本書を原作としたドキュメンタリーを制作し、大きな反響を呼んだ(日本未公開)。
定価=2800円+悪税

この記事のライター

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