【「本が好き!」レビュー】『最後の花束: 乃南アサ短編傑作選』乃南アサ著
提供: 本が好き!乃南アサさんの11篇の短編小説が納められている。1998~2015年の間に発表された作品のアンソロジーで、テーマは「若い女の狂気」だという。
「くらわんか」以外は2005年までに発表されていて、だからスマートフォンは登場せず、留守録つきの固定電話が活躍している。先頭の作品「くらわんか」は新しい作品なのでスマホが小道具になっているのだが、作品全体の雰囲気も他の作品より現代的な感じがした。この作品を紹介してみましょう。
この作品の舞台は大阪市の北東の枚方で、主人公は窓から淀川が見えるアパートに住むクラブ勤めの若い女だ。彼女は元は東京のキャバクラ勤めだったが、店のお客で製薬会社の営業職の中年男性の愛人だった。ある日から男は女への連絡も無しに、急に店に表れなくなった。女は男が自宅のある大阪へ転勤で戻ったと後に知った。
男は元々枚方に妻子とともに住んでいたのだが、東京へ単身赴任していた。主人公はその間の遊び相手にされていたのだが、彼女自身の男への気持ちは遊びとは違っていた。単なる遊び相手だったという以上に、何の説明もなく一方的に関係を切られてしまったことに怒った女は、男への復讐を計画する、というお話。
男のせりふがすべて関西弁なのが現代的な感じかな。無論乃南さんは東京育ちだから、小説の舞台が関西で男が関西弁を使うのは演出なのでしょう。復讐の方法も「食い倒れ」の大阪っぽいかも。「くらわんか」とは枚方で、淀川を往来する船の乗客にお椀に盛った料理を売る商人の口上だったとか。
大体は若い女が嫉妬に駆られて男や女に殺意を抱くというお話だけれど、「はなの便り」はちょっとユーモラスな作品。付き合いだして間もない女が春になって急に男と会おうとしなくなった。電話では別人に成りすます。その理由が実は彼女のひどい花粉症だったというお話。今なら薬で治せそうな気がした。
「ハイビスカスの森」は嫉妬とも殺意とも無関係な話。男が思いを寄せている女を沖縄旅行に誘い出したが、台風で島に閉じ込められてしまう。女は少女時代に台風とセックスに関してあるトラウマがあって、男に体を許そうとしなかったのだが、その長年のトラウマが彼女の誤解が原因だったと分り、めでたしめでたし、というお話だった。
(レビュー:三太郎)
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