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【「本が好き!」レビュー】『コスタリカ伝説集』エリアス・セレドン編

提供: 本が好き!

本書は、コスタリカ共和国ナショナル大学出版局発行の底本(第三版)の全訳です。編者のエリアス・セレドン(1953年-2014年)は、コスタリカの伝説の収集・研究の権威だったそうです。コスタリカは、北はニカラグアに、南はパナマに国境を接し、16世紀からスペインの支配下となっていましたが、1834年に現在の形で独立しました。

今回、本書を読むにあたって、コスタリカのことを少しググってみたのですが、まず驚いたのは、非常時の国民徴兵制と国防の義務はあるものの、1949年以来「常設的機関としての軍隊は禁止する」と規定された憲法第12条により、軍隊を持っていないことです。さらに2021年の世界報道自由ランキングでは、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、デンマークに次ぐ第5位になっているのです。ちなみに日本は第67位です。また、2019年世界幸福度報告でも、日本の第58位に対して、第12位にランクされています。中南米諸国は、こういうランキングは低いものだという、私の先入観を大いに恥じました。

本書は、「土地の伝承」(32編)、「宗教伝説」(17編)、「怪異譚」(48編)の三部から構成されています。

言うまでもないことかもしれませんが、一番面白いのは「怪異譚」の部です。そこでは、いろいろな物の怪が登場しますが、あまり他では聞かないものとしては、子どもを亡くした母親が子どもを探して永遠にさまよう「ラ・ジョローナ」(泣き女)、蠱惑的な女性の持ちながら顔は馬の「ラ・セグア」(馬女)、「牛なしカレータ(二頭の去勢牛が曳く荷車)」があります。いずれも人間に害をなす存在ですが、ちょっと日本のざしきわらしを連想させると同時に、世界中に存在する小人譚の「ドクエンデ」のような物の怪も登場します。

面白いのは、伝説にしては、「むかしむかしあるところに」ではなくて、時間も場所も特定されている話がいくつか収録されている点で、「この岩は、エスカスの町から南東約3キロメートルのサン・ミゲルという名の丘にある。1823年ごろのこと、その岩にニャ・サラテという名の魔法使いが住んでいた」(『サン・ミゲルの岩』)とか、「1930年代から50年代にかけてのころだった」(『ポアス火山のセグア』)とか、「このおぞましい事件に関する親類縁者が存在しているので場所の特定は控えたい」(『コスタリカに現れた悪魔』)というような具合です。それと、呪いをかける、かけられる話も多く、この地でそういうものがインディオの間では、実際に起こった出来事としてしっかり根付いていたことを感じさせます。

次に面白いのは「土地の伝承」です。スペインに征服される前の時代背景の話が中心なのですが、まぁ、血なまぐさい話が多いです。若い娘の神への生贄は当たり前、部族間の殺し合いも当たり前です。横暴な王というのも珍しくなく、『ヤンダリの犠牲』という話では、絶対的な権力者の王が花嫁となる乙女と婚前に寝ることになっているため、それを嫌って、愛しい男性からの求婚を拒否する乙女が登場し、結局彼女は絶望して入水自殺をするという展開を見せます。この話もそうですが、性的な匂いのする話も結構多く、妊娠してひどい目にあう女性もよく登場します。あと男尊女卑の考え方の反映でしょうが、年老いた女性への容赦ない描写もあります。

「美しく情熱的なエスカメカは毎日昼過ぎに湖の岸辺にやってきて、目を凝らして恋人を探すのだった。やがて、時が過ぎたが、エスカメカは心労のあまり、体はやせ細り、容色も衰えていった」(『エスカメカとテノリ』より)

ただ、良い悪いは別として、コスタリカにしみこんだ伝統・文化という点では、一番はっきり出ているように思えます。

そして、一番面白くないのは「宗教伝説」で、これは私に宗教に対する興味が少ないこともあるのでしょうが、聖母マリア像の奇蹟のような話が多くて、ちょっとうんざりするというのが正直なところです。もちろん、この部分は侵略者であるスペイン人たちがもたらした伝説がベースであり、コスタリカの自然に根差したものでないことも、あるでしょう。

ラテン・アメリカ文学の檜舞台への登場というのは、20世紀世界文学における大きな出来事であったわけですが、その根っこがどういうものかを知る助けになる本です。もちろん、コスタリカというのは、ラテン・アメリカの一部でしかないことも、頭に入れておきましょう。森と木は同じではないのですから。ただ、他のラテン・アメリカ諸国での伝説はどのようなものがあるのか、という興味はかきたてられました。

(レビュー:hacker

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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コスタリカ伝説集

コスタリカ伝説集

姫を助けるために灼熱の火山で歌い美しい声を失った小鳥、海から箱に入って流れ着いた不思議なマリア像、ドゥエンデ(小人)やジョローナ(泣き女)、チンゴ・ネグロ(悪魔の黒牛)など個性あふれる妖怪たち――。豊かな自然とスペイン人支配の歴史のなかで生まれ、長く語り継がれてきた中米コスタリカの伝説を、「土地の伝承」「宗教伝説」「怪異譚」の三部構成で紹介。本国で版を重ねる名著の本邦初訳。

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