【「本が好き!」レビュー】『風の丘』カルミネ・アバーテ著
提供: 本が好き!イタリア半島南端、海を見下ろす丘には、春、一面スッラの赤い花が咲く。気持のよい木陰を作るオリーブの木から、なだらかに続く果樹園。そして、常盤樫の森へ。
強い風が吹き、海からの匂いを運ぶ。花の季節には、花と海の香りが混ざりあい、特別の芳香になる。
ここがロッサルコの丘。アルクーリ家の人々は、四代前のアルベルト以来、この丘を開墾し、丘とともに生きてきた。丘は肥沃だ。
男も女も働き者で、果樹を植え、豊かな実りを喜んだ。
これは、アルクーリ家四代にわたる家族の物語であり、丘の物語でもある。
二つの大戦、ファシズム、地主の横暴、周囲の乱開発などにより、一家の暮らしは常にかき乱され、揺さぶられ続ける。こつこつと築いてきたものが一夜にして攫われたり、取り返しのつかない喪失を味合わされる。
時代とともに、人びとの暮らしかたも、思いも、求めるものも変わっていく。
姿がどんなに変わっても(極端に言えば、いつか姿を消してしまうことがあったとしても)決して変わらないもの、変わるはずのないものの象徴が、ロッサルコの丘そのものなのではないか、と思う。
人は動く。やって来て去っていく。土地は動かない。
動くものと動かないものと。変わっていくものと変わらずにあるものと。古い秘密(古代都市の夢)と新しい秘密(物語のはじめに少年が見てしまった禍々しい光景)とが、両者のあいだを繋いでいるようだ。
土地や家、といえば、伝統とか仕来たりという言葉が思い浮かび、つい、その重さや煩わしさに、尻ごみしてしまうが、丘に対する一家あげてのとことん深い思いを読んでいると、羨ましいような、憧れのような気持ちが湧き上がってくる。どこで暮らしていたとしても、根っこになるものがあるって信じられるのはいいものだ。
人が、土地とともに生きた人たちの物語を語り終えたとき、土地もまた、人とともにあった土地の物語を語り終えようとしている。
(レビュー:ぱせり)
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