【「本が好き!」レビュー】『ロシアの星』アンヌ=マリー・ルヴォル著
提供: 本が好き!「地球は青かった」という名言を残した事でも知られる(でも、本当はそうは言っていないのだとか)人類初の宇宙飛行士、ユーリー・ガガーリンの伝記的小説です。
しかし、通常の伝記のように第三者の客観的な立場からガガーリンの人生を描くというスタイルは取っておらず、実在、架空の登場人物たちにそれぞれの立場からガガーリンの姿を語らせるというスタイルを取った、小説でもあるのです。
ガガーリンのことは(リアルタイムではないにせよ)もちろん知ってはいましたが、本書を読んでそこまでソ連では決定的な偉人として崇められていたのかと認識を新たにしました。まあねぇ。当時は米ソの宇宙競争の真っただ中で、先陣を切って初めて宇宙に人類を送り出したソ連としては、アメリカの鼻を明かしてやったと溜飲を下げたのでしょうし、だからこそガガーリンは国民的英雄だったのだなぁと改めて感じました。
本書でガガーリンの事を語る人物は多様です。
ガガーリンの偉業をいまだに熱く語るニューヨーク在住の老医師とその孫のエピソード。この老医師はソ連の宇宙開発本拠地である『星の街』で勤務医として勤めていた経験があり、ガガーリン本人も直接知っていました。しかし、ガガーリンの同僚の宇宙飛行士訓練生が大変な火傷を負った事故を機に(この医師には何の責任もないのですが)『星の街』を去ったのです。そんな事もあってか、ガガーリンの偉業には人一倍思い入れがあるのかもしれません。
今しも、ヴォストークがサザビーズで競売にかけられるというニュースを聞き、なんてこった! と驚愕したところです。せめてロシアに渡って欲しいと願いながら、ゲームに夢中の孫を説得して一緒にサザビーズに向かいます。その道々、ガガーリンの偉業を話してやり、展示されていたヴォストークを見せたところ、孫はようやくゲームの世界から離れ、宇宙に興味を持ち出すというお話。
またはガガーリンが地球に帰還した時にそれを助けた農婦の語り。
実はガガーリンは宇宙船から射出されてパラシュートで地上に降下したんですってね(知らなかった~)。でも当時の国際航空連盟のルールでは、宇宙飛行士は宇宙船から離れてではなく、ともに着陸しなければ宇宙飛行は成功とは認められないとされていたのだそうです。ですからそのルールに則ればガガーリンの飛行は成功とは認められず、人類初の宇宙飛行の栄誉はアメリカに与えられてしまうことになるのです。ですので、ガガーリンがパラシュートで降下したことは随分長く極秘にされていたのだとか。
でも実際にはパラシュート降下したわけですし、それも着陸予定地点よりも4キロも離れた場所に落下したのだそうです。それを偶然目撃した農婦は、最初は化け物だと思い逃げ出すのですが、ガガーリンから大丈夫ですよと声をかけられ、恐る恐る近付き、ガガーリンのヘルメットを外すのを手伝ってやったり、吐瀉物にまみれた顔を拭いてやったりしたのだとか。そして連絡のために電話がある場所まで連れて行ってあげたらしいのです。
う~ん、そんなことになっていたとは……。
ガガーリンに万一の事があった場合に備えて用意されていた予備パイロットのゲルマン・チトフが語る物語もあります。彼自身、ガガーリンの次に宇宙へ行き、ガガーリンよりも長く地球を周回して帰還するという偉業を成し遂げてはいるのですが、しょせん二番目の男に過ぎないのです。彼が酔っ払い運転をして事故を起こし、警察の保護房に入れられた際の署長とのやり取りの中から、そんな屈辱を内心に抱えたチトフによる実話が語られるのです。
ガガーリンは地球に帰還後、ソ連の宣伝塔として世界各地でハードスケジュールの講演を強いられます。様々なレセプションに出席させられ、浴びるほど酒を飲むことを強いられ続けたのだとか。そんな酔っ払ったガガーリンの通訳を務めた女性との一夜のエピソードも語られます。
また、ガガーリン自身は再び宇宙に行くことや、せめてかつて乗っていた航空機を操縦することを熱望していたそうなのですが、そんなことをさせて貴重なガガーリンを失うわけにはいかないと考えた上層部によりそれは禁じられていたのだとか。それでも約7年後、航空機のパイロット指導の立場に立つことを認められ、現役復帰のために訓練飛行に出かけたところ事故に遭い亡くなってしまいます。その短い人生を悲哀と共に語るガガーリンの妻のパートもあります。
これらのある意味断片的に語られる個々の物語から、ガガーリンの姿、当時の様子などが浮かび上がってくるという構成になっているのですね。そして最後のパートでは、ガガーリン自身を語り手として、あの1961年の宇宙飛行の様子が語られ、これまで断片的に語られてきた事が総まとめされ、全貌が明らかになるのです。
どうやらこれらのエピソードは、情報公開が進んだことにより公になったものもあるようで、それを活かして本書も書かれたということなのでしょう。なんとなくは知っていたガガーリンの姿を再認識できる一冊だと思います。
(レビュー:ef)
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