【「本が好き!」レビュー】『深夜プラス1〔新訳版〕』ギャビン・ライアル著
提供: 本が好き!本書を菊池光さんの訳で読んだのは私がたいへん若い頃で、「パリは四月である。」という書き出しも、主役ふたりの粋なセリフにも「カッコイー!」と思ったものだ。冒険小説でありミステリであり、最後までハラハラさせられる本だった。あれから〇〇年が経過し、新訳が出ていることに最近気づいたので、懐かしくて再読してみた。
「パリは四月である。」という冒頭は変わらない。だが、ケインのコードネームがカントンからキャントンへ、相棒ハーヴェイ・ロヴェルの名がハーヴィー・ラヴェルに変わっている。最初はちょっと違和感を覚えたが、独特のスピード感の乗り心地は今回も抜群だ。
ビジネス・エージェントのケインは、かつて特殊作戦部隊の一員だった。ケインはレジスタンス時代の仲間から、ある実業家をフランスからリヒテンシュタインまで送り届けてくれと頼まれる。相棒はガンマンのラヴェル、ふたりは協力して、実業家を追う警察と実業家を殺すために待ち受ける刺客たちの傍らを潜り抜けてゆく。・・・のだが、ラヴェルがアル中だということが途中で発覚する。用心棒の手が震えだすまでのタイムリミットは、この旅にどんな作用を及ぼすのか、というドキドキもプラスされる。
とはいえ一番面白いのは、ケインの危機を察知する能力と、それを乗り越えるための機転だ。ラヴェルのガンマンとしての矜持も、深い余韻を残す。警察の追跡や敵の攻撃を切り抜けるために、ケインはレジスタンス時代の仲間の手を借りざるを得ない。元恋人で、ふられちゃったけど今は未亡人のジネットとか。
以前読んだときは、ジネットとケインの過去に「ロマンチックー!」と思ったものだ。しかし読み返してみると、ジネットの献身なくして有り得ない展開が都合良すぎるよと思う。実業家の秘書ヘレンはラヴェルに惚れちゃうんだけど、その理由が描かれていないから共感に乏しい。作者の描く「理想の女像」に違和感を覚える自分に…ああ、時代の変化を感じる。
それはそれとして、ヨーロッパにはなんと深い大戦の傷跡が残っていたことか。株券が紙とか、郵便局の電話しか通信手段がないとか、こんな時代は歴史のかなたへ消え去ろうとしている。世界大戦を生き抜いた誇り高き男たちも、もはや過去の人間である。いやはや、ノスタルジーで胸がいっぱいだ。
(レビュー:Wings to fly)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」