だれかに話したくなる本の話

テクノロジーの発展で「往年のトリック」が生まれ変わる 結城真一郎インタビュー(2)

テクノロジーの発展やツールの進化によって社会は変わり、社会で起こりうる出来事を書く小説も変わる。

特にミステリは新しく世に普及したガジェットや最新の情勢をこれまでになかったストーリーやトリックとして生かしやすい。結城真一郎さんの『#真相をお話しします』(新潮社刊)は、2020年代の「今」を小説に落とし込んだミステリ作品集として大きな話題を呼んでいる。

コロナ禍で一気に普及したリモート会議ツールや精子提供、マッチングアプリが事件の背景になり、動機になり、トリックになるこの作品集はどのように生まれたのか。結城さんへのインタビュー後編はミステリの新しい可能性についてお話をうかがった。

『#真相をお話しします』が提示する「今という名のミステリ」結城真一郎インタビュー(1)を読む

■テクノロジーの発展で「往年のトリック」が生まれ変わる

――「パンドラ」は親子の血液型を題材にしたミステリですが、「血液型」という昔からある題材に「精子提供」という現代的なトピックを掛け合わせることで新しいミステリを生み出したといえます。ミステリの世界には「時刻表トリック」「密室殺人」のような定番のネタがありますが、これらが最新のツールや技術によって新しいものに生まれ変わる可能性についてお聞きしたいです。

結城:その余地は大いにあると思っています。おっしゃるように血液型をネタにしたミステリは過去にいくらでもありますし、「#拡散希望」の、時計を使ったトリックも同様です、でも「パンドラ」ではそこに精子提供を掛け合わせて、「#拡散希望」では指紋認証を掛け合わせたのがこれまでの作品と違うところです。

往年のトリックのリバイバルや進化版のような作品が出てくる可能性は、技術やツールの発展と共に広がっていくんじゃないかと思います。

――今のお話に関連して、結城さんが気になっているトピックはありますか?

結城:今、ちょうど「小説すばる」でウーバーイーツの配達員のような、ギグワーカー的な働き方をしている人たちを題材にした小説を連載しています。あとは題材としては若干古びていますが相席居酒屋も小説に使えそうです。それに、メタバースをネタにしても面白いものが書けそうな気がしています。

――ミステリ作家の方が実際に犯罪を計画したら完全犯罪ができるんじゃないかと思うのですが、小説の中で犯罪を書く時は「実行可能」なこととして書くんですか?

結城:「三角奸計」のトリックなどは、百発百中とはいかないまでもかなりの精度でできるんじゃないかとは思います(笑)。でも、いわゆる「密室トリック」のようなものを実際にやれるかといったら難しいんじゃないでしょうか。

ミステリ作家がどんなに綿密な犯罪を計画したとしても、警察の捜査も進歩していますからね。しかも最先端の捜査技術の情報はこちらに開示されていませんから、多分変なところからバレて捕まるんじゃないでしょうか。

――小説家になろうと思った時、ジャンルはミステリと決めていたんですか?

結城:そうですね。本気でデビューを目指そうと思ったのは大学四年生の時で、やるならミステリで勝負かなと。当時同学年で同じ学部にいた辻堂ゆめさんが『このミステリーがすごい!』大賞で優秀賞をとって在学中にデビューしたのが大きかったです。

それまでもミステリをよく読んでいたので、辻堂さんのことがなくてもミステリを書いていたとは思うのですが、辻堂さんがミステリでデビューしたことで、自分もミステリを意識したところがあります。

――「こんな同級生がいたのか」という感想だったんですか?

結城:「そんな同級生いるわけない」と思っていたんです。でも、自分はいずれ小説家にはなれるだろうと根拠なく漠然と思っているだけで何も行動していなかった一方で、向こうは実際に小説を書いて、デビューを決めた。その圧倒的な隔たりに衝撃を受けて、本気でやろう、と。

――ミステリを書いてみようと思ったきっかけになった小説はありますか?

結城:「これがきっかけ」と言えるような読書経験はないんですよね。積み重ねだと思います。伊坂幸太郎さんや、東野圭吾さん、宮部みゆきさんの本をよく読んできて、それぞれに好きな作品はあるんですけど、「これでミステリに目覚めた」というよりは、地層のように積み重なって、ある一定のところで「ミステリを書きたい」という地点にその地層が達したという感じです。

――いわゆるミステリオタクではなかったんですね。

結城:まったく違います。ミステリの古典と呼ばれるような小説はデビューしてから読んでいますし、今でも読みきれていない小説はたくさんあります。そういう意味ではミステリ畑を歩いてきた訳ではないんです。

――今後書いていきたい作品について教えていただきたいです。

結城:良くも悪くもあまりこだわりがないので、その時その時で興味を持ったことや面白そうだと思ったことを着実に世に送り出していきたいと思っています。デビュー作が青春ミステリだったのですが、今ある程度場数を踏んできたところでもう一度青春系を書いてみたい気持ちもありますね。

――最後に結城さんの本の読者の方々にメッセージをお願いいたします。

結城:今回の本に関しては世代問わず、同じ時代を生きている方々に楽しんでいただけることを一番に考えていました。ぜひ手に取っていただけたらと思っています。

――ストーリー的にも、テーマやガジェット的にも、読むべきタイミングは「今」が一番いい本だと思います。

結城:ここまで現在を切り取ってしまうと陳腐化するのも早いことはわかっていたのですが、今回はそこは割り切っています。

いつの時代も楽しめる普遍的なものを書きたい気持ちもありますが、それと同じくらい「今、同じ時代を享受している人」のために書きたい思いもあります。今回は賞味期限の短い新鮮なものを用意したので「古くならないうちにお召し上がりください」とお伝えしたいですね。

表紙

(インタビュー・記事/山田洋介、撮影/金井元貴)

『#真相をお話しします』が提示する「今という名のミステリ」結城真一郎インタビュー(1)を読む

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この記事のライター

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

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