古典文学で描かれた「日本一有名な肝試し」とは
『万葉集』『源氏物語』『今昔物語集』『雪女』『舞姫』など、日本文学の名作には印象的で豊かな「闇」の場面が多い。
そんな日本文学の中に描かれている日本のやわらかい闇とやわらかい月の情景が実際どんなものだったかを探り、体験するのが体験作家・闇歩きガイドの中野純氏だ。
■古典文学の名作は「日本一有名な肝試し」
『闇で味わう日本文学: 失われた闇と月を求めて』(中野純著、笠間書院刊)では、中野氏が夜の小倉山登山から平安時代の肝試し跡地の散策、古の灯り・油火を身近なもので再現してみたシミュレーションまで、「闇」という物語装置にスポットを当て、五感をフルに活用して雰囲気を体感し、作品世界をより深く楽しむ新しいアプローチを紹介する。
闇といえば、闇の中を歩いて肝力を試す「肝試し」だろう。
その歴史は古い。平安時代後期、11世紀末までに成立されたとされる『大鏡』(作者未詳)は、歴史物語の最高傑作といわれている。190歳と180歳という長命の2人の男が、藤原道長を中心とした藤原氏の栄華を語っていく。この『大鏡』といえば「肝試し」だ。若き日の道長が兄弟と肝試しをする話が、高校の古典授業の定番になっている。「日本一有名な肝試し」と言えるかもしれない。
時は花山天皇の在位期間(984~986年)、五月闇の激しく雨が降る夜。帝の前で家臣が恐怖体験などを語っていると、道長が肝試しを買って出る。それに道長の兄の道隆と道兼が巻き込まれ、3人が肝試しをするというストーリーである。
千年以上前の話で、朱雀門をはじめとした平安宮はほとんど形跡もなく、平城宮跡のように復元もされていない。しかし、発掘調査によって、どこに何が建ち、どこに何の木があったかも精細にわかっていて、平安宮の詳細地図と現在の地図を重ね合わせた「平安京図解」が容易に入手できるため、中野氏は一千年以上前の夜の肝試し現場を訪ね歩いた。
千本通りを東へ渡れば、肝試しのスタート・ゴール地点で、帝たちが実話怪談で盛り上がった普段の天皇の居場所である清涼殿や道兼が向かった仁寿殿など、内裏の各所も辿ることができる。夜に実際の場所を辿ると、自分が平安時代から令和にタイムスリップしたような逆タイムスリップ感を味わえるという。
『大鏡』を読んだときは、三兄弟ともそれなりの距離を歩いたようなイメージを中野氏はしていたが、地図を見ながら実際に歩いてみたら「なんだそれ」と思うほど距離が短かったという。これも実際に道長の肝試しコースを歩いてみたからこそ、実感できることだろう。
本書を読むと、実は案外簡単に日本文学の古き良き闇を擬似体験できたり、再現できたりする。実際に行ってみたからこそ味わえる雰囲気があるだろう。まずは本書で疑似体験してみたら、よく知っている作品もより想像力豊かに楽しめるはずだ。
(T・N/新刊JP編集部)