【「本が好き!」レビュー】『傑作はまだ』瀬尾まいこ著
提供: 本が好き!瀬尾さんは、物語の設定がうまい。
この物語、主人公の作家加賀野のところへ、突然息子と名乗って、智が訪ねてくる。加賀野は引きこもり作家で、最初はアパート住いだったが、郊外の旧家に引っ越し暮らしている。この旧家がばかでかく、二階には5部屋もある。
こんな家に1人で住んでいて、全くといっていいほど外出はしない。人との交流が極端に嫌う。
これに対し、息子を名乗る智は、明るく社交的。智にこんなことを言われる。
「外にでれば、どうしたって知り合いが増える。知り合いが増えれば、摩擦も起きるし、自分以外の人の悲しみに触れる機会だって増える。ひきこもりでいれば、気持ちが通じなくて、イライラしたり、相手の反応に不安になったりすることも、ないから、ストレスもたまらないしさ。実は引きこもりって心身ともに健やかにいられる究極の状態なのかもな。次は小説じゃなくて、引きこもり健康法でも書いたら?」
実は、大学2年のとき、無理やりに連れられ、飲み会に加賀野はいく。その時、あぶれ同士の美月をアパートに連れてゆく。そこで、恋愛感情も無いにもかかわらず、美月を抱いてしまう。
しばらくして美月から電話があり、「子供ができた。一人で産んで育てるから、毎月養育費だけ送ってほしい。」と言われる。それから20年。
養育費の10万円を美月に送ると、 「お金届きました。」とだけ連絡があり、そしてその時の子供の写真が同封されてくる。それ以外なんの連絡もない。
息子が二十歳の時、連絡が無くなる。そして、突然25歳になった息子智がやってきたのである。
社交的で明るい息子が突然やってきて、加賀野を当たり前の世間にひきずりだす。それで2年間に一回しかあったことのない隣人と挨拶を交わしたり、回覧も回すようになる。大人になって、他人との交流はゆっくりと進みだす。
智との交流でだんだん世界が広がってゆく、加賀野の描写がうまい。 そしてクライマックス。加賀野が25年ぶりに実家を訪ねる。
大人だって変化するものよと瀬尾さんの優しい手が背中を押している。
(レビュー:はなとゆめ+猫の本棚)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」