『逝ってしまった君へ』出版から1年。あさのますみが語る大切な人の「死」を巡る思い
2021年6月に出版された『逝ってしまった君へ』(小学館刊)。声優・作家として活躍するあさのますみさんが、自死をした元恋人「君」に綴った「手紙」であり、出版前から大きな話題になった一冊だ。
2019年1月、あさのさんは古い友人の一人を失う。彼はあさのさんにとってはじめての恋人でもあった。告別式や遺品整理、「君」に関係する様々な人たちとの出会いの中で、「君」と過ごした日々、言葉が頭を巡る。そして、悲しみの中で一つの光を見つけていく。
今年5月17日には、坂本真綾さん朗読によるオーディオブック版が配信開始された。
『逝ってしまった君へ』出版から1年。あさのさんは今、どのような想いを巡らせているのか。
インタビュー前編では、あさのさんに届いた反響や、変化について語っていただいた。
(金井元貴/新刊JP編集部)
■「君」を通して紡がれる縁、そして大切な人の死を「乗り越える」ということ
――自死した古い友人への手紙という形で綴ったエッセイ『逝ってしまった君へ』が出版されてからもうすぐ1年です。この1年間は、あさのさんにとってどんな時間だったのでしょうか。
あさの:もうそんなに経つんですね。それまでは過去の貧乏エピソードをラジオで話すことはあったのですが、例えば学生時代に水商売をしていたというような具体的な話はずっと伏せていたんです。でも、この本で過去をオープンにして、それは自分にとってすごく勇気のいることでもあったのですが、気持ちがスッキリした部分がありました。
――あさのさんの元には読者の方からどんな声が寄せられていますか?
あさの:本当に深く共感してくださっていて、境遇が同じであったり、身近に同じ境遇の人がいるという方も多かったです。また、自分自身、死がちらつく瞬間があって…という声を寄せてくださる方も多くて驚きました。
私自身もそうでしたが、死に関する話って日常会話の延長ではできないし、何かきっかけがないと誰かに話すことが難しいと思うんです。
――抱え込んでいると苦しくなってしまうけれど、実際に対峙しないと分からない悲しみだから、分かち合うのが難しい話題ですよね。
あさの:そうですね。だから、この本が自分の気持ちを吐露できるきっかけになっているのならよかったと思います。
――本書は2020年3月11日にnoteで公開されたエントリが始まりでした。あのエントリを書いたときのことを覚えていますか?
あさの:あの時は、「君」が亡くなってから1年2ヶ月くらい経っていたんですけど、まだそのことで頭の中がパンパンでした。でも、少し変化もあって、あのエントリを書く1ヶ月前、「君」の誕生日があった2月に、この本に出てくるメンバーで集まって話をしていたときは、ちょっとだけ笑って話せるようになっていたんです。
もともと、感情の変化含めて、このことをどこかに書いておきたいという思いがありました。ただ、当初は満身創痍で、言葉にしても感情が乗りすぎてしまって、客観性が全然ない文章になってしまうだろうなと思っていて、なかなか書けなかったんです。それが、1年ちょっと過ぎて、だんだんと自分の気持ちを客観的に見られるようになってきて、今だったら書けるような気がすると思ったんですね。
――そして、あのエントリが書かれたわけですね。その後、紆余曲折を経て『逝ってしまった君へ』というタイトルで書籍化されるわけですが、その際に複数の出版社から「うちで本を出さないか」という声があったそうですね。
あさの:もともとは「cakes」で連載する予定で書いていたものですが、その時から本になったらいいなと思っていました。そして、ウェブでの掲載ができなくなってしまったとき、実は10数社から「うちで出しませんか?」という連絡をいただきまして。
――その中で小学館を選んだのはどういう理由だったのですか?
あさの:私がちょうど「cakes」と揉めている時に、夫(漫画家の畑健二郎さん)の担当編集者だった小学館の原さんに相談をしていたんです。その中で、私が書いた文章を読んでくださって、「これをぜひ形にしたいので、よかったら一緒にやりませんか?」と言っていただきました。
ただ、原さんは漫画の編集者で一般書を担当したことがなかったので、大丈夫なのかなと思って(笑)。正直に10数社から声がかかっていることを話したうえで、「大丈夫ですか?」と聞いたのですが、原さんは怯まずに「頑張ります」と熱意を見せてくれたんです。
夫からは「熱意のある人と組むのが、本にとって一番幸せだ」と言われましたし、私もこれだけ熱意を見せて「担当したい」と言ってくださる方がいるのは幸せだと思っていたので、原さんにお願いすることにしました。
――『逝ってしまった君へ』の文章は、あさのさんにとって特別なものだと思うのですが、その文章が本として出版されることの意味についてどう捉えていましたか?
あさの:なぜこの文章を形にしたいと思ったかというと、自分が一番苦しかった時に、同じような経験をした人の話を聞きたかったからなんです。こういう時、どうしたらいいの。助けて欲しいのに、自分自身をどうやって救っていいのか分からない。そんな気持ちでした。
だから、私と同じように悲しい経験をして、誰かの話を聞きたいと思っている人に届けたいと思っていたのが一つです。もう一つは、この文章を読むことで、今、「君」と同じような気持ちでいる人が、少しでも何か違う選択肢が浮かぶ、そのきっかけになるかもしれないとも思いました。そういうこともあって、手元に置いて何回も読み返せる「本」という形にしたかったんです。
もちろん、つらい記憶がフィードバックしてしまうという声もいただいています。読むときの精神状態によっては、心が沈んでしまうきっかけになってしまうかもしれない。それでも、「読めて良かったです」という感想を言ってくれる方がいて、私自身、覚悟を持って書いた本だったので、そう言っていただけるのはすごく良かったです。
――本書を読み進めると、あさのさんが「君」との別れの儀式――告別式であったり、遺品整理であったりを経験する中で、心が整理されていき、「君」への新たな気持ちに気付いたりするような過程が見えました。この本のエピソードが終わってからも、新たな変化はあるのでしょうか。
あさの:気持ちの変化ではないのですが、「君」の存在によって新たな縁が生まれることもあって。4ヶ月に1回くらいのペースで、「君」のお姉さまと日本料理屋にご飯を食べに行くのですが、それは「君」の死がきっかけで生まれた交流なんです。さらに、その日本料理屋は「君」の知り合いがやっていて、その店主さんとも仲良くなってお話をするようになりました。
お姉さまや店主さんと「君」が生きているときにつながりたかったという気持ちはあるし、もし彼がここにいたらどうなっていたんだろうと思うこともありますが、「君」が逝ってしまった後に、「君」を通じた新たな交流が生まれるのは不思議な感じがしますね。
――1つの大きな出来事をきっかけに、新たな縁が紡がれていくわけですね。
あさの:そうです。この本に出てくるメンバーで言うと、私に「君」の死を伝えたシゲとは元々連絡を取っていたんですけど、「君」の高校の後輩だったクワとは彼の死をきっかけにまた交流するようになったんですよね。
先日も3人で堀江由衣ちゃんのライブに行ったんですけど(笑)、その帰り際に「一緒にお墓参りに行こうよ」って誘われて。「君」のお墓は長野県の山奥にあるので一日かけての旅行みたいになるのですが、みんなの中にしっかりと「君」の存在があるんだなと思いました。
「君」の死をきっかけに新たな縁が生まれたり、色んなことが変わったり、でも変わらないのは私たちの中に「君」という存在がいて、影響を与えているということなんですよね。
――シゲさんやクワさん、「君」のお母さまやお姉さまからは『逝ってしまった君へ』についてどんな言葉がありましたか?
あさの:実はですね、シゲは私が学生時代、「君」と付き合っていたことを知らなかったんです(笑)。
――それは意外ですね…!
あさの:はい。20年間内緒にしてきたので、これは本を読む前に伝えなければいけないと思い、献本するときに言ったんです。シゲはものすごく驚いていたけど、「そんなの全然気にしなくていいのに」というテンションでしたね。
また、「君」のお母さまやお姉さまからは「書いてくれてよかったです。ありがとうございます」という言葉をいただきました。
――後日譚のお話をうかがってきましたが、亡くなった人の周囲にいる人たちの人生は悲しみを抱きながらも続いていきます。その悲しみを「乗り越えていく」と表現することがありますが、「乗り越える」とはどういうことなのか、あさのさんの中で答えはありますか?
あさの:これが私の中での答えと言えるかどうかは分からないのですが、「君」が亡くなったときはやはりすごく悲しかったです。ただ、もちろん今でも悲しい気持ちは変わらないし、エッセイの中で「いつかこの悲しみをも乗り越えてしまうだろう自分のことが、怖い」と書いていますが、彼の死が私の人生に暗い影を落とし続けて、このまま悲惨な思いを抱えながら生きていく、というのは嫌だったんです。
だから、私は彼の死を自分の人生に逞しくフィードバックしたいんです。これもエッセイに書きましたが、「君」の死を通して、自分は自分のままでいいと思える強さを得られました。人生の幸せは一種類じゃない。そう思えるようになったんです。
死を含めて「君」の存在が、私の人生にとってポジティブな作用をもたらしてくれたんだと言いたい自分がいるんです。全然彼の死を乗り越えられてはいないんですけど、それは自分なりの彼に対する弔いのようなものなんですよね。
(後編に続く)
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