【「本が好き!」レビュー】『ハーモニー』伊藤計劃著
提供: 本が好き!早逝の作家伊藤計劃。たしか第1長編の「虐殺器官」は最近読んだ、と書評を探してみたらもう3年前だった。
未来型の世界を組み上げ、ロジカルに展開されていくのが持ち味だったかなと既視感がよぎる。今回は少女たちのお話から。
核戦争で放射能性の癌に苦しんだ人類は、身体に組み込むWatchMeというソフトウェアを開発、感知した不調をただちに治療するという超健康世界を実現していた。3人の女子高生、ミァハ、トァン、キアンはミァハの提案で自殺を企てるが、ミァハだけが死んだ。
月日が経ってWHOの上級螺旋監察官になったトァンは派遣されていたアフリカで酒とタバコの密取引がばれ、本国に送還される。キアンと久しぶりに会い、ランチを共にしていた時、眼の前でキアンが突然の自殺、システムを悪用したテロで、世界では6000人以上が同時に自殺を図っていた。ミァハの影を感じたトァンは独自の捜査を始めるー。
緻密に組み上げられた未来世界。私もだが、腹痛になったりするたびにこんなシステムないかなあと人がおそらく想像したことがある健康管理システムを使った世界を小説で堅牢に実現した感がある。そしてヒトはどうなったか。人間である自分、とは何か、を考えさせる。
序盤はその世界の説明がやや冗長に感じたけれども、信じられないような大規模テロが起きてからは読むのも加速した。練り込まれたベースで動くキャラクターもまずまず魅力的、エピソードには常に痛みが伴い、刹那感も漂う。バクダッドの喧騒と時が進んでいないような食堂にホッとする心持ちも新鮮だった。
それなりに面白く読み進んだけれど、ちょっとノって行けない感覚があったのも確かかな。分かるようで、展開される人間味に移入できない。それも持ち味か。
久しぶりのオールザッツSFの時間を楽しみました。
(追記) アニメ映画の予告を見て、書き足りない気持ちが刺激された。ひとつの焦点は、ミァハに対するトァンの想いだろう。映画などで強調されることもある、少女の時にしかない、束の間の、思い出深い友情。今でも心に響く言葉を持ったリーダー格のミァハだけを死なせてしまった裏切りの残滓。
怖いけれど、会いたい気持ち。直感は事実となる。ミァハに向けて、動き出す。しかし、道は分かれていた。たった1人気持ちを共有できたキアンは目の前で残酷に自死させられた。
ウェットな部分、少女期の追憶はそのまましつこいくらいに記されている。そして大人になった今、ミァハの行動はクールで、抑えられている。そのバランスを保ったまま、クライマックスへとなだれ込む。
描き方1つ、セリフ1つで変わりそうな部分。実際アニメの予告ではやはり本よりちょっとエモーショナルだった気がする。絶妙に抑えた、いけずにも思えるところはなかなか心憎いかも、なんて考えた。
(レビュー:Jun Shino)
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