だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『流浪蒼穹』郝景芳著

提供: 本が好き!

船が岸に近づき、灯火は消えようとしている。
船は宇宙を漂い、暗闇の中で一滴の水のように、弧を描くターミナルにゆっくりと滑り込む。

船の名はマアース。
火星(マーズ)と地球(アース)の間を行き来する唯一の宇宙船だ。
この船が生まれる前、この航路は往来が盛んだった。
21世紀後期、人々はついに重力と大気圏、心理的抵抗という3つの障壁を突破した。
火星に基地が建設され、地球から人々が移り住む。
やがて独立戦争が勃発し、地球と火星は別々の道を歩むことになったのだった。

それから40年を経て、火星に到着したマアースには、3つの団体が乗船していた。
地球代表団50人、火星代表団50人、そして「水星団(マーキュリー)」と名付けられた学生団20人。

この物語で中心的役割を果たすのはこの「水星団」の若者たちだ。
18歳の彼らは、5年前、第1回地球留学生として火星から地球に派遣された。
今まさに、地球での5年間の生活を終え、ふるさと火星に帰還するところだった。
資源の乏しい火星では、人々は高度なAIによるコントロールのもとで暮らしている。
唯一の都市はガラスのドームで覆われ、土地は公有で不動産取引はない。
結婚すれば住宅が割り当てられるが、未婚者は専用のアパート暮らし。
早い段階で専門を選択することによって仕事も固定的で、その対価は名誉で金銭ではない。
先物取引も、銀行もない社会では、大もうけもないが、経済的に破綻することもない。
更にいうなら、ビルがなく、稲妻も、雪山も、パーティーで給仕に当たるボーイもいない。
コンベアが料理を運び、飲み物は壁の蛇口から流れ出るのだ。

そんな社会で育った子どもたちが、10代の最も多感な時期を過ごすことになった地球はというと、成功する者も、挫折する者もいる社会だ。
各国は覇権争いを続けているが、多くの人々は本来自分たちの運命を左右するはずの政治には全く興味をしめさず、仕事も住居も自由に選んで、稼ぐことと消費することに明け暮れている。

火星からの留学生たちが、驚きとともに大いに刺激を受けたのも無理はなかった。

水星団のひとり、火星総督の孫娘ロレインは、地球では祖父が独裁者として知られていることや、火星が自由のない管理社会であると考えられていることに違和感を感じるが、同時に、両親の死の真相や、火星でよしとされていた様々な事柄への疑問を感じるようになっていたのだった。

物語はロレインとその友人たち、火星独立を率いた祖父とその盟友たち、野心的なロレインの兄など、さながら多くの人々を交えた群像劇のよう。

青春小説として読むことや、宇宙開発を絡めたSFとして読むことはもちろん、現代社会に置き換えて、中国と欧米諸国、あるいはロシアと……となどと、想像を巡らしながら社会派小説として読むことも可能だが、どう読んでもこれは傑作。

読了まで思いの外時間がかかったが、じっくり読んだ甲斐があった。

郝景芳、この先も目がはなせない作家だ。

(レビュー:かもめ通信

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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流浪蒼穹

流浪蒼穹

22世紀、地球とその開発基地があった火星のあいだで独立戦争が起き、そして火星の独立で終結した。火星暦35年、友好のために、火星の少年少女たちが使節「水星団」として地球に送られる。彼らは地球での5年にわたる華やかで享楽的な日々を経て、厳粛でひそやかな火星へと帰還するが、どちらの星にも馴染めず、アイデンティティを見いだせずにいた。なかでも火星の総督ハンスを祖父に持つ“火星のプリンセス"ロレインは、その出自ゆえに苦悩していた……。ケン・リュウ激賞、短篇「折りたたみ北京」で2016年ヒューゴー賞を受賞した著者が贈る、繊細な感情が美しい筆致で描かれる火星SF。

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