だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『文豪と印影』西川清史著

提供: 本が好き!

昔の本の奥付に捺されている著者のハンコは「検印」と呼ばれ、直接奥付にハンコを押したものもあれば、切手のような小さな紙(印表)に捺し、その紙を奥付に張ったものもあり、さらに丁寧なものは汚れ止めのために、その上に小さなパラフィン紙をかけたものまであったそうです。

何のためにそんな面倒なことをしていたのか。それは、出版社が著者に支払う印税の正確を期するために、著者がハンコを押していたという「実に散文的な事情で誕生した制度なのである」と、元出版社役員であった著者は書いています。

文豪たちの中には、この制度に関心を持った人もいて、①その本が立派な本であって、たしかに自分の書いたものである、と著者が証明するためのシルシである、②著者が、自分の持っている印を見せびらかすために押している、③検印を押す数を出版社と著者がたがいに認め合って、その数だけの本は市場に売りに出しているのだ、と書いている作家もいます(伊藤整『検印』)。

その中の②と③との要素が重なりあって、ハンコはどんどん洗練され、審美的な色彩を帯び、印影まで含めて作品なのだ、というようになっていった、とこの本の著者は分析しています。そして、この「制度」がなくなったのは、おそらく発行部数がどんどん増えていったからであり、昭和40年代になると、検印は廃止されましたが、これは、著者と出版社との契約(約束事)が近代化された証拠でもあると推測しています。

しかし「消え去るものは、なべて、愛おしい。」と考えた著者は、暇に飽かせて、古い本の奥付を片っ端から覗いて、百三十人、百七十の印影を蒐集し、それらの文豪たちの経歴、印章論、美意識などを付記した、明治、大正、昭和期に生きた多くの個性的な多彩な作家たちの評伝になったといえる本です。

「名は体を表す」に対して「印も人柄を表す」といっていて、丸い、四角い、凡庸、洒脱な印影があり、繊細な印影は鋭敏な神経、豪放なのは磊落な性格であったりするといった考察は、実際に生前の作家たちの謦咳に触れたことのある著者ならではないかといってもよく、「天下の奇書」だと思います。なお、この本は昔の本のような奥付に、検印が捺された、印表がついています。

(レビュー:くにたちきち

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本が好き!
文豪と印影

文豪と印影

秘蔵写真多数! 170の印影から見える130人の文豪の素顔

かつて本には「検印」が捺され、 作品を書き上げたあと文豪たちの「一番最後の仕事」は自分の本にハンコを捺すことだったーー。

病床でも「印譜」を見たいと話した夏目漱石や、遺書にも「印鑑」について記した芥川龍之介。 大好きな荷風にとっておきの「印鑑」を贈った谷崎潤一郎に、「検印」の小説を書いた菊池寛など 130人の文豪たちの170の印影をエピソードとともに収録。
「ハンコ文化」が失われつつある今、「ハンコと文豪」の切ってもきれない関係に迫る。

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