【「本が好き!」レビュー】『路上の陽光』ラシャムジャ著
提供: 本が好き!かもめ通信さん主催の「書肆侃侃房20周年記念読書会」に紹介できる新しい本をと思い、他の方が読んでなさそうな本を選んできました。選んだ理由の一つは本書がチベット文学だったからです。チベット文学は、日本での紹介数も少ないのですが、先日読んだペマ・ツェテンの『テイメー・クンデンを探して』と『風船』が素晴らしかったので、本書も期待して読みました。例によって、特に印象的な作品を簡単に紹介します。
・『川のほとりの一本の木』
寄宿制の中学に通っている少年ラトゥクが、クラスで我がもの顔に威張りちらしているセンチェンジャから、クラスで一人だけセンチェンジャの言うことを聞かないセルドンという優等生の美少女を守ろうとして、「果たし合い」をすることになる話です。
単純な筋立てですが、登場人物、特に臆病者のの心理描写が上手いです。
・『四十男の二十歳の恋』
四十になるカメラマンのチェランが乗った北京からラサへ向かう飛行機が、天候不順のため立ち寄った西寧で出発を見合わせることになります。もしかしたら飛ばないかもしれない飛行機を待っていると、20歳の時に恋人同士だったクンサンと偶然再会します。彼女は、チェランとは反対に、ラサから北京へ向かう途中で足止めをくらったのでした。
終始チェランの視点から語られている本作も、自然な心理描写が実に上手いです。作者の実体験が反映されているのではないかと思うほど、チェランの心の揺れの描き方がリアルですが、他の作品と併せて読むと、そうではなくて、作者の描写力によるところが大きいのが分かります。なお、訳者解説によると、この二人が思いを遂げられなかった背景には、二人が若い頃の出身階級の差があったとのことです。
・『遥かなるサクラジマ』
間違いなく、本書のベストです。亡命二世として、自らの意志とは関係なく、ネパール、カナダ、日本と転々とし、その間に両親は離婚し、教育も満足に受けられなかったヒロインの桜島へ単身旅行を描きながら、新幹線での旅の様子と同時にその間に彼女の過去が語られるという構成を採っています。そして最後に訪れるカタルシス!
この小説は、作者が実際に桜島を訪れた際に構想を得たものとのことで、作者の実体験からはかけ離れた内容のもののようですが、フォークナーの「経験から飛躍できなければ、一流の小説家ではない」という主旨の発言を思い起こすと、作者の小説家としての実力を証明しているようです。また、男女が手を握り合っている本書の表紙は、本作の心に残る場面からのものです。
ということで、なかなか印象的な短編集でしたが、ちょっと気になるのは、冒頭に収録されている、ラサの貧しい恋人たちを描いた連作短編『路上の陽光』と『眠れる川』の二作です。実は、完結予定となっている三作目がまだ書かれておらず、当然収録されていません。おまけに、二作目のラストは、好きあっていたのに別れてしまった男女が久しぶりに再会する場面なのです。ですので「え、この先読ませてくれないの!」という消化不良感が残ってしまいました。どうせなら、三作揃った段階で紹介してほしかったのに、と思った次第です。この作者なら、他にも良い小説を書いているでしょうから、そちらを選んだ方が良かったかもしれません。まぁ、逆に、早く続きが読みたいという気持ちにはなりますから、それが狙いだったのでしょうか。
(レビュー:hacker)
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