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【「本が好き!」レビュー】『黒牢城』米澤穂信著

提供: 本が好き!

第166回直木賞は『黒牢城』と『塞王の楯』。どちらも安土桃山時代の城が舞台に籠城戦を描く。『黒牢城』は織田信長に反旗を翻した荒木村重の籠城戦を描く。村重の本拠の有岡城は総構えの城であり、城下町を包含する城郭であり、織田の大軍の前に1年弱籠城し続けた。

有岡城は家臣だけでなく、領民も籠った。これは関ヶ原の合戦の前哨戦の大津城籠城戦を描いた『塞王の楯』も同じである。『塞王の楯』は人民を守る盾としての城がメインテーマであるが、有岡城も人民を守る城であった。奇しくも直木賞受賞作は共に人民も守る城が描かれた。

この人民を守る城という視点は日本に乏しいものである。洋の東西を問わず、海外では城壁は市街地の外に作られ、城壁は都市の一般住民を守るためのものでもあった。これに対し、日本では総構は後北条氏の小田原城くらいしか知られていない。ここからは日本の為政者は歴史的に外国に比べて人民を守るという意識が乏しいとの結論を導きたくなる。

近代日本の軍隊が人民を守るものではなかったことは確かである。戦前の軍隊は天皇の軍隊であり、国民に「一億総玉砕」を強いるものであった。しかし、近代がそうだからと言って前近代も同じかは別個の問題である。近代の軍隊の在り方を正当化するために、前近代の人民を守る城という要素は意図的に捨象した歴史観に立っているだけかもしれない。『黒牢城』や『塞王の楯』は新鮮な視点を提示する。

籠城戦と言えば日本人は兵糧攻めによる飢えのイメージがある。そこから籠城戦には後がない悲惨なものとの印象になる。しかし、有岡城も豊臣秀吉の小田原征伐時の小田原城もまだまだ兵糧は足りていた。総構の城は城郭内に田畑もあり、ある程度の再生産も可能であった。

有岡城も小田原城も敗因は未来がないという心理的な絶望であった。これは本当に絶望しなければならないことだろうか。攻め手も無限な存在ではなく、攻めあぐねれば撤退せざるを得ない。第二次ポエニ戦争で連戦連勝のハンニバルが遂にローマを落とせなかったように城壁は有効である。勿論、籠城でひきこもるだけでは未来がない。城から出て補給部隊を叩くことなどは必要である。

戦術論では後詰のない籠城は無意味と語られる。そこには籠城戦をされると厄介なために早く諦めさせたい権力者側のプロパガンダが入っているのではないか。現実に大坂冬の陣の講和で堀を埋めることで、大坂夏の陣で大阪城を滅ぼした。これは城郭の有効性を示している。

また、日本で籠城戦が兵糧不足でもないのに失敗する要因として、世の中とつながっていないと存続できない日本人の集団主義的な弱さもあるだろう。新型コロナウイルス感染症ではSocial Distanceのためにステイホームが求められた。テレワークやオンライン授業のようにNew Normalな生活様式に変えていくとポジティブに捉えることができるものであるが、日本では外国以上に評判が悪い。

(レビュー:林田力

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黒牢城

黒牢城

本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の集大成。『満願』『王とサーカス』の著者が辿り着いた、ミステリの精髄と歴史小説の王道。

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