【「本が好き!」レビュー】『死体展覧会』ハサン・ブラーシム著
提供: 本が好き!1973年バグダッドに生まれ、少年時代をクルド人地域のキルクークで過ごした後、映像作家となるも政府からの圧力を受け、2000年に国外に脱出。 イラン、トルコ、ブルガリアを経由してフィンランドに辿りつき、そこで市民権を得て現在にいたるという著者は小説家であると同時に、詩人でもあり、映像作家や劇作家でもあるという。
創作はアラビア語で行うが、アラビア語ではなかなか出版がかなわず、英訳された作品が英国で話題を呼び注目を集めたことでイタリア語、スペイン語にも翻訳されアラブ文学の旗手として注目を浴びるようになった。
今ではイタリアの出版社からアラビア語の原著が出版されているらしいが、そうした理由から、この日本語版も既刊の2つの短編集を再編集したアメリカ版を底本に、翻訳されているのだそうで、巻末の訳者あとがきで紹介されたそこまでの説明を読んでようやく、訳者が藤井光さんであることに納得をした。
収録されている14の短編には、10ページにも満たないわずか数ページの作品がいくつもあるが、いずれの作品にも暴力的な死の影がつきまとう。
作品に込められた著者の意図を読み取れたかどうかは別としてそうした凄惨シーンを含む物語をさして構えることなくするっと読めてしまうのは、あちこちにちりばめられた不条理と訳者の紡ぐ日本語の美しさのせいなのか。
アラビア語などわかるはずもないが、原文もまたこうしたなめらかな言葉で紡がれているのかどうかその“質感”を確認してみたくなる。
14篇のうち、なんと言っても人を殺し、その死体をいかに芸術的に展示するかを追求する謎の集団の幹部が、新入りエージェントにあれこれと説明をする巻頭表題作「死体展覧会」のインパクトは強烈だ。
読み手はつづいて収録されている暴力の蔓延する町を舞台に最初から最後まで暴力に支配された救いのない世界が描かれる「コンパスと人殺し」で、この先の覚悟を迫られた。
だが、その後のつづくいくつかの物語には、どこか不思議な読み心地ではあるもののさほど強い印象を受けはしなかった。
このままさらっと読み流すようかと思い始めたところに「イラク人のキリスト」と「アラビアン・ナイフ」が現れて、作家がただ単に悪夢を描いて見せているわけでないことを思い知らされる。
一気読みには向かないかもしれないが決して読みにくい物語ではない。 だがしかし、隅々まで味わい尽くすには私にはまだいろいろなものが足りないのかもしれないと思わせられる物語たちでもあった。
(レビュー:かもめ通信)
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