【「本が好き!」レビュー】『魔法にかかった男』ディーノ・ブッツァーティ著
提供: 本が好き!ブッツァーティ(1906-1972)は20世紀イタリア文学を代表する作家ですが、同時に、ドイツ語文学のカフカ(1883-1924)、ポーランドのシュルツ(1892-1942)と並んで、20世紀不条理文学を代表する作家でもあります。この3人は、生まれがちょうど10年ぐらいずつ離れていますが、世界大戦を経験したヨーロッパで、こういう作家が輩出したことも、単なる偶然ではないのでしょう。
本書は、そんなブッツァーティの初期から中期にかけての作品から選んだ20作が収録されており、うち19作の本邦初訳です。また、19作は掌編と呼んでいい長さです。ただ、今まで日本で出版された『七人の使者』『待っていたのは』『階段の悪夢』『石の幻影』などの作品集と比較すると、ブッツァーティですから、もちろんつまらなくはないのですが、収録作の平均点をつけると、見劣りするというのが正直な感想です。特に、まだ作家として成熟していない時期に書かれたと思われる掌編は、アイデアをポンと放り投げた感があって、もう少しこねてほしいと感じる作品が少なくありませんでした。
そんな中で、特に印象的なものを紹介します。
・『リグレット』
軍事パレードの最後に登場した最新兵器が招く大惨事を具体的に語る一歩手前で終わっていしまう作品で、ちょっと変わった意味で、最後の一行アンソロジーの資格十分です。
・『エレプス自動車整備工場』
悪魔だって欲しい魂は選ぶという当たり前(?)のことを、主人公が理解するには、時間を費やし過ぎたという教訓譚(?)です。
・『巨きくなるハリネズミ』
同じハリネズミでも、小さいうちは馬鹿にして、大きくなるとペコペコする、人間の卑屈さを扱った作品です。登場する人間が、裁判の求刑をどうしようか悩んでいる検事代理というにも、皮肉が利いています。
・『ヴァチカンの烏』
さんざん悪行を働いてきた主人公、死ぬ前にヴァチカンに行って懺悔をすれば、はれて天国に行けると思ってやってきたのですが、世の中そんなに甘くはないという、これも教訓譚です。
・『あるペットの恐るべき復讐』
「この何年間で耳にしたいくつもの怖ろしい話のなかでも、ある娘が語った話ほど恐ろしいものはない」という文章で始まる、戦争中にミラノの伯母を訪ねていった時に遭遇した、そこで飼われているペットにまつわる話です。これも、ラストの印象が強烈です。
・『大蛇』
「蛇は舌だけで熊手のように大きいのだ。時々、眠りの中で、怪物は小さな咳をする。すると、谷じゅうの葦原を揺らしながら、波紋が何キロにもわたって広がっていく。だが、人間はそれを知らない。人生とは、そういうものだ。大蛇のように、運命はすぐそばにある。だが、冷めた目でまわりを眺めるばかりで、それが見えていないのだ」
この最後の部分が、内容をすべて語っている作品です。
・『偶像崇拝裁判』
かっての宗教裁判とは真逆の、物質至上主義社会において、神を信じる者が被告となる裁判の様子が語られます。そして、最後のどんでん返し!
というわけで、本書は、どちらかというと、ブッツァーティのファン向けのような気がします。この拙文中で言及した他の短編集の方を、ブッツァーティを初めて読む方にはお勧めします。繰り返しになりますが、本書がつまらないというわけではありません。ブッツァーティには、本書収録作のベストより、更に凄い作品が多々あるということを強調しておきます。
(レビュー:hacker)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」