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【「本が好き!」レビュー】『アンゲラ・メルケル: 東ドイツの物理学者がヨーロッパの母になるまで』マリオン ヴァン・ランテルゲム 著

提供: 本が好き!

アンゲラ・メルケル。
ドイツで長期にわたり政権を守りぬいた女性首相。
おしゃれや化粧にほとんど興味なし。
必要以上にお金を求めることはなく、首相官邸を利用はせずにガードマンを最低限としてアパート暮らしを良しとする。
国民が普通に足を運ぶスーパーで自らが商品を吟味し、日々を過ごす。
ゴルフに勤しむわけではなく、自然散策を楽しんだりする。
キャッチボールも不要だ。
傲慢な態度や自慢話とは無縁。
お付きの者の頭脳を利用するわけではなく、自ら考え、構想を熟考する。
じっくり、じっくりと。
対応が遅いという評判も何のそのだ。
ドイツ国民のMutti(母親)という、揶揄すらもを利用したニックネームを最大限利用する器のでかさも面白い。
日本でこのようなトップが誕生することがあるのだろうか。
それは政界に限らずのこと。
日本では、みんな自らに“ご褒美”を与えたくてトップを目指すかのよう(個人的な印象です)。   国が違うから?
いや、ドイツだから彼女の“成り上がり”が容易というわけではなさそうだ。
メルケルは西ドイツ生まれではあるが、東ドイツ育ちである。
そして、物理学者としの将来も十分獲得できていたと思われる立場だった。
ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一された結果、ドイツは西側の考え方を軸に据え経済発展へと邁進していく。
自由を是とし、民主制を軸に据えたものだった。
シュタージが暗躍する監視社会の東ドイツでは許されなかった考え方だ。

そんな環境下で彼女が培ってきた三原則が興味深い。

「目立たないこと」
「折り合いをつけること」
「慎重さを身につけること」   そもそも西側がなにもかも正しいというわけではない。
東ドイツでは、男女平等が自明の理だったそうだ。
現在ようやく日本でも大きな問題として取り沙汰されるようになり、解決には時間がかかるというようなことを男陣営が宣っているこの問題は、東ドイツでは議論を検討する必要すらなかったということ。
そんな環境で生まれ育ってきたメルケルだからこそ、女性首相として堂々たる振る舞いができたのだろう。
そうでなければ、長老との関係構築に労力のほとんどを使い果たすことにならざるを得ないのではなかろうか(想像だが)。
以前、一緒に仕事をした人が、段取りの大切さを説いてくれた。
確かに段取りは大切だけど、本来は不要な段取りというものも確実に存在する。
行き過ぎた根回しなど、その最たるもの。
根回しをしているうちに、問題が根腐れを起こすことだってある。

とある世界の常識は、一歩外の世界に踏み出した途端、意味をなさないことは多々ある。
しかしながら、東ドイツ出身、女性、元物理学者という、様々なマイノリティという背景をもち、東ドイツから統一ドイツの政治家へと歩んだメルケルは、当初から二つの世界観を有していたことになり、それは相当な強みになったに違いない。

東ドイツは、全体主義社会だったという。
他と違うことは嫌な目で見られ、押さえつけられたとのこと。
皆と同じように考え、みんなと同じように振舞わなければいけない社会。
目立ったら手痛い代償を求められる。
メルケルの慎重さを育んだこの環境、日本にも通ずるものがある。
メルケルは「良心に従うべき問題においては、価値観が重要になる」と説いた。
価値観は、その人が生まれ育ち、経験を積んで成長していく過程で身につくもの。
そして、いかようにも変容できるもの。
そんなことも教えてくれた1冊である。

(レビュー:休蔵

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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アンゲラ・メルケル: 東ドイツの物理学者がヨーロッパの母になるまで

アンゲラ・メルケル: 東ドイツの物理学者がヨーロッパの母になるまで

2021年9月、長きにわたりドイツならびにヨーロッパを導いてきた、ドイツ首相アンゲラ・メルケルがついに退任し、政界を引退する。

フランスの女性ジャーナリストが、メルケルの東ドイツでの生い立ちから、宗教的バックグラウンド、政党内での権力闘争、各国指導者との関係、移民問題、前アメリカ大統領トランプとの確執、COVID-19への対応、そして、首相退陣までを描く本格評伝。

フランス大統領エマニュエル・マクロンへのインタビューも緊急掲載。

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