【「本が好き!」レビュー】『私のおばあちゃんへ』ユン・ソンヒ、ペク・スリン他著
提供: 本が好き!ユン・ソンヒ、ペク・スリン、カン・ファギル、ソン・ボミ、チェ・ウンミ、ソン・ウォンピョン、人気女性作家6人による”おばあちゃん”アンソロジー。
おばあちゃんという響きから安直にイメージしていた全体像は端から裏切られる。勿論いい意味で。「年老いた女になるつもりはなかった」と一行目から柔らかであることがあばあちゃんだなんて決めつけないでねと、格好よく始まるソン・ウォンピョン「アリアドネーの庭園」。
少子化が進み、ユニットで無味簡素な日々を送る老人たち。今の日本の状況を考えるとディストピア小説だからなんて呑気に読めない恐ろしさが滲む。辛辣でありながらも人の心の深いところを甘やかさず掴み取り抉り出すその手腕が素晴らしかった。「アーモンド」を積んでいるので読むのが更に楽しみに。
一番心を貫かれたのはペク・スリン「黒糖キャンディー」。祖母が亡くなり四回目の命日にフランスに住んでいた数年の間に起きた祖母の秘密を弟から聞かされた姉。遺品の中にあった日記を読み、在りし日の恋物語を空想し、彼女の生きた時間を辿ってゆく。
リスト「愛の夢」のメロディに引き寄せられ出会った祖母と近所に住むポール。幕開けから文句なしのロマンティックさ。急いでiPhoneからフジコ・ヘミング「愛の夢」を流し、あばあちゃんと一緒にドキドキしながらポールの家へと初めて招かれる。その時の雨戸を開け、真っ暗だった部屋に灯りが射し、暗闇でうずくまっていた物たちの輪郭がゆっくりと光の元で姿を現していく描写がたまらなく美しい。
シモーヌ・ド・ボーヴォワールの未完の習作のワンシーンからインスピレーションを得て書かれたという点も物語に更なる美点を重ねてくれる。儘ならない人生に流され、運命に従い生きてゆくしかなかった彼女の最後の恋は、きっと最期の瞬間まで胸に温かく灯り、命果ててなおあの日のピアノの音色のように透き通った美しい恋を奏でているのだろうと、切なくも静かな幸せがゆっくりと広がる。
牧歌的なあばあちゃんは誰一人存在せず、甘くない現実を生きる姿に自らの祖母の姿を重ね、不安だらけの未来ではあれどしっかり生きようと背中に温かい強さを灯してもらった。
(レビュー:吉田あや)
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