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【「本が好き!」レビュー】『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』ジェシカ・ブルーダー著

提供: 本が好き!

第93回アカデミー賞作品賞・監督賞・主演女優賞をはじめ、各賞を受賞して話題となった映画『ノマドランド』の原作本。映画の方は脚色を含むが、原作はノンフィクションである。

ノマドとは、本来、遊牧民を指す。本書では、アメリカで、定住せずに自家用車に寝泊まりしながら、臨時の仕事を渡り歩く人々(多くは高齢者)を指す。

2008年、サブプライムローンの破綻で多くの人が家を失った。中でもリタイア世代は、十分な公的年金も得られず、満足な職にも就けずに路頭に迷うことになった。施設に入るような金はない。若い世代も自分の生活で手一杯であったり、そもそも頼れる親族もいなかったり。そうした彼ら・彼女らのうち、車に寝泊まりすることにした人々がいる。そして例えば、アマゾンの倉庫で働いたり、テーマパークで働いたりする。クリスマスシーズンはギフトの出荷の需要が高まり、夏のレジャーシーズンは行楽施設に働き口ができるなど、実はこうした仕事は季節に依存するのだ。昔であればホーボーと呼ばれた季節労働者のように、彼らは仕事のある地に移動して、一定期間働き、また移動していく。そうした中で時には友情が育まれ、生涯の友を得ることもある。

昔と大きく違うのは、「車」があることだ。自家用車とはいえ、多くはRVと呼ばれるキャンピングカーである。雨風がしのげて、空調や調理機能、場合によってはシャワーなど、ある程度の装備もできる。安全面でも野宿やテントよりは安心だろう。

ジャーナリストの著者は、ノマドの暮らしに興味を持ち、彼らの中に飛び込んでいく。
最初は「訪問者」としてだが、それでは真の実態がつかめないと、自ら車を手に入れ、ノマド暮らしを体験しながら彼らを追う。

こうした生き方を「敗残者」のものといってしまうのは簡単だ。確かに一面、そうしたところはある。人生設計が甘く、社会のセーフティネットからも外れてしまったという見方もできる(背後には、予想の出来ない社会の大きなうねりがあったわけだが)。
だが、彼ら自身は意外に明るい。ノマド暮らしのノウハウを語り、助け合う。集会で集まっては互いに連帯感を高める。食べ物を分け合い、手に職のあるものはそれを提供する。美容師であれば髪を切り、大工仕事が得意であれば必要なものを作る。共同体のようなつながりも生じる。
ノマドの中には、一般的な建築物としての家やインフラに頼ることなく、持続可能な暮らしを追求しようとするものもいる。
この暮らしはある種、サブカルチャー/カウンターカルチャー的なものでもあるのだ。なるほど彼らは社会の主流ではない。けれど、社会の主流がいつも正しいわけでもない。
誇りをもって、希望を胸に、彼らは進むのだ。たとえ困難な暮らしの中にあろうとも。

ノマドたちに人気なのが、ジョン・スタインベックが愛犬のチャーリーと旅する道中記『チャーリーとの旅』、ジョン・クラカワー『荒野へ』、ソロー『森の生活』などであるという。脈々と続く、自然や旅へのあこがれも確かに背後にある。

1つ興味深いのは、実はこうしたノマドたちは大多数が白人であることだ。
車上生活は、やはり不審な目で見られがちだ。移動の間、どこででも一夜を過ごせるわけではなく、下手なところには駐車できない。時には警察の職務質問も受ける。そうした場合に、「ギリギリ」白人ならば許される場面は確かにある。
これもまたアメリカの一面だろう。

長い目で見ると、ノマド生活はやはり許容されない方向に向かうのではないだろうか。
とはいえ、彼ら・彼女らが車中で目指す「自由」には、一握りの真実が混じっているようにも見えるのだ。
アメリカの歴史と現実を背負いながら移動生活を送るノマドたち。その姿は、アメリカに留まらぬ、普遍的な問いを孕んでいるようでもある。

(レビュー:ぽんきち

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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ノマド: 漂流する高齢労働者たち

ノマド: 漂流する高齢労働者たち

一見、キャンピングカー好きの気楽なリタイア族。その実、車上生活しながら、過酷な労働現場を渡りあるく人々がいる。気鋭のジャーナリストが数百人に取材、老後なき現代社会をルポ。日本の明日を予見するノンフィクション。

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