パラ金メダリスト・木村敬一が語る「延期の1年」
9月3日に行われた東京2020パラリンピック競泳男子100メートルバタフライ(視覚障がいS11)で木村敬一選手(東京ガス)が優勝。自身初の金メダルを獲得した。
『闇を泳ぐ 全盲スイマー、自分を超えて世界に挑む。』(ミライカナイ刊、オーディオブック版はaudiobook.jpで発売中)は10年以上パラリンピック水泳の第一線で戦い続けている木村選手が半生をつづった一冊。成功も失敗も苦悩も喜びも赤裸々に明かすことで木村選手が伝えたかったこととは何なのか。そして大会が延期された1年をどう過ごしてきたのか、ご本人にお話をうかがった。今回はその後編をお届けする(取材日は8月5日)。
■パラ水泳の魅力は人間のポテンシャルを示せること
――「人には武器が必要だと思っている」と書かれていました。水泳が武器になると考えはじめた時のことを教えていただきたいです。
木村:大きく2回あったかなと思っています。最初は中学で東京に出てきた時で、田舎の盲学校から東京に行くということはそれなりに大きなことでしたし、行ってみたら同級生はみんないろいろなところから来ていて、その中で埋もれてしまうのが怖かったんです。そういう状況で、「クラスの中で一番速く泳げる」ということが自分の拠り所になってくれた気はします。タイム的には全然大したことなかったのですが。
――もう1回はいつですか?
木村:大学に入った時ですね。それまでは盲学校で、視覚障がい者だけの世界で生きていたのが、大学では健常者に混じってやっていくことになって、やはりそこでも埋もれるのが怖かったんです。
――「埋もれる」という感覚はどういうものなのでしょうか?
木村:何もできなくなってしまうんじゃないかという恐れもありましたし、自分がこの先どうなってしまうのかわからない怖さもありました。そこで他の人とつながってやっていけたのは、やはり水泳があったからだったと思います。
――好成績が期待されているからこそのプレッシャーについても率直に書かれていました。不眠や吐きぐせなど体に異変が出るなかで、プレッシャーとどのように付き合っているのでしょうか。
木村:不眠とか吐きぐせが出ていた時期は、プレッシャーに向き合いきれなくて、それがしんどかったんですよね。だから今はいかに体に異変が出るような状況にならないようにするかを考えています。いかに日々健康に暮らすかということですね。
――プレッシャーに対処しきれなかったとおっしゃっていた時期でも、リオデジャネイロ大会ではメダルを4つ獲得して好成績を残しています。
木村:いや、でも僕の中ではいい成績とは言えないんです。金メダルに届いていない時点でリオは負けです。
いい成績だったと言っていただけることは多いですし、終わったあとたくさんの方に祝福していただいたりして「あ、これはいい成績なんだ。じゃあいいか」とちょっと思ったこともあったのですが、やはり今考えると「負けた大会」です。だからプレッシャーには勝ててないですし、コンディショニングもできていなかった。
――コロナ禍で1年延期されました。この1年間モチベーションをどう保ってきたのかお聞きしたいです。
木村:今思うとしんどかったです。延期が決まった去年の3月は、この感染症がどのくらい危険なものなのかがよくわかっていなくて、「夏くらいには収束しているんじゃないの?」とどこかで思っていたのですが、「向こう10年は収まらないぞ」みたいな情報も出ていたので、この先どうなるのか不安でしたね。
ただ、とりあえず1年間は試合がないらしいとわかってからは、割と気楽に構えていた気がします。本当なら半年前ということでギアを上げていかないといけない時期ですが、試合がなくなったので「無理しなくていいんだな」ということでぼんやりしていました。
今年に入ってどうやら夏にやるみたいだけど、ウイルスの方は収まる気配がなくて、という状況だったので、雑念を入れないためにテレビを見ないようにしていました。そうするとSNSを見てしまって余計に不安になるのですが(笑)。
――SNSは精神衛生上良くなさそうですね。
木村:良くないですね。でも気づいたら見てしまったりするじゃないですか。スマホのSNSのアイコンの場所を指が覚えていますもん。
――長くパラリンピック水泳の第一線で活躍されてきて「ミスターパラリンピック」とも称されています。木村さんが考えるパラリンピック水泳の魅力についてお聞きしたいです。
木村:パラリンピック水泳の魅力は、道具を使わず、残された体を鍛え抜くことでどこまでパフォーマンスをあげていけるかというところで、人間の持っているポテンシャルを示せることだと思っています。僕も選手の一人として人間の可能性を発揮していきたいです。
今こういう時期で、僕も含めてみんなが何かを見たり感じたりして心が震える瞬間に飢えているのかもしれません。パラリンピック水泳を通して人間の可能性を示すことで、みなさんの心が沸き立つ瞬間をもたらすことができたら。パラ水泳のチームとして成功だと思っています。
(新刊JP編集部)