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【「本が好き!」レビュー】『丸い地球のどこかの曲がり角で』 ローレン・グロフ著

提供: 本が好き!

この短編集の原題は『フロリダ』で、収録されている11篇は、すべて舞台(またはベース)がフロリダなのだ。
フロリダ。わたしがイメージするのは、陽光さんさんのリゾート地だけれど、この作品集の舞台はちょっと違う。

深南部といわれるこの地は、戸外を歩けば、様々な蛇に始終見張られていることに気がつくし、多くある湿原では人を軽く呑み込んでしまうようなワニが待ちうけている。町の中は、といえば、根深い差別が居座る。レイプ事件が頻繁に起こり、人から「そういうところに住んで危険じゃないの」と言われたりする。
それから、大きなハリケーンに翻弄される。
だけど、見方によれば、こうもいえるかもしれない。なんと荒々しい生命に満ちて、躍動している場所なのか。

各物語のすきまには、目に見えない(ちらっと見せて、なんだかわからないうちにすぐに隠されてしまう)得体のしれないものが、ずるずると這いまわっているようだ。

そのなかで、暮らす人々は、グロテスクな舞台に喰われて、しなびていくようにも思える。じたばたと、もがきながら。
「本書には驚くほどたくさんの亡霊や抜け殻たちが登場する」と、訳者あとがきに書かれているが、人々は、抜け殻のようになっていく。
この騒々しい世界で、あまりに寄るべなくて。
『イボール』には、「人間が長いあいだ孤独でいると、心の中に得体の知れない何かが入りこむ空洞が生ずる」という言葉がある。

だけど、脱け殻には、ときどき、どこにそんな力が隠れていたのか、と思うような荒々しいパワーを感じて、これはなんだろうと思う。
その源にあるもののひとつは、彼らが語り聞く、物語、おとぎ話ではないだろうか。
ときにはとても暗く残酷なおとぎ話のこともある。
過去からやってくる亡霊たちが語ることもある。

『丸い地球のとこかの曲がり角で』では、蛇を素足で踏みつぶして驚いて笑う女性が女神になること。
『犬はウルフッ! と鳴く』の、小暗い森から彷徨い出た幽霊のような二人の幼い姉妹の姿。
あまりにも過酷な長い長い時間を、姉娘は、ずっとあとで「この美しくナイーブな日々の思い出」と語っていて、はっとする。
『愛の神のために、神の愛のために』の、停滞から崩壊に向かおうとしている四人の男女の横で、若い娘は、「何もかもが美しかった」「世界はいま開いたところだ」と考えていること。
『ミッドナイトゾーン』で、嵐の日、動けない母親に、子どもたちが語って聞かせるおはなし。不思議で楽しい魚の名前のこと。
『ハリケーンの目』の卵。「夜明けの光をすべてその中にたたえているかのように輝いていた」卵。

とても愉快とは思えない場面で、思いがけず現れる瞬間の描写は、物語を湛えて輝くようで、心に残っている。
とんでもなく苦しい状況なのに、「哀れ」という言葉がまったく似合わない主人公たちが好きだ。

(レビュー:ぱせり

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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丸い地球のどこかの曲がり角で

丸い地球のどこかの曲がり角で

爬虫類学者の父と、本屋を営んだ母。かつて暮らした家には蛇が住み着いていた。幽霊、粘菌、オオカミ、ハリケーン……自然との境界で浮かびあがる人間の意味を物語性豊かに描く11の短篇。

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