だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『その他もろもろ: ある予言譚』ローズ・マコーリー著

提供: 本が好き!

舞台は第一次大戦後の英国。 「弁明」と銘打たれた著者によるまえがきには、

ここで語られる物語は、戦争が終わり、希望の光が見えた時代である。

と、記されている。

通勤電車の中でアイヴィは向かいの席にいるキティ・グラモントに目をやった。
キティの手の中には政治系の雑誌とファッション系の雑誌があって、それがいかにも彼女の生き方を表しているかのように思われた。
つまるところそれは、社会的な出来事への知的興味と女性的な好奇心は相反するものではないというスタンス。
彼女は教養豊かな俗人で、社会的な地位も高いバリバリのキャリアであると同時に、センスの良さがにじみ出る見た目をしているのだ。
アイヴィがみるところ、この二つが両立している女性はなかなかいなかった。

二人が働く職場は大戦後に設けられた脳務省。
その役割は社会進歩を促進し、ふたたび大戦争が起きないようにすること。
そのためには、知能向上が必要だとして、国民に“知力育成講座”を受講させ、再教育を進めている。

子どもに引き継ぐ能力の観点から、推奨するべき結婚か否かを確認する胎児政策部の仕事も重要だ。

結婚と出産のために、大量かつややこしい規則が定められている。
国民は知力でランク分けされ、公的記録として知能票が発行される。
トップクラスの「A」に分類されると、伴侶には「B2」か「B3」(十分に知的なレベル)が推奨され、「A」や「B1」との結婚は遺伝知能の空費とみなされた。
一方「C」に分類されると、「A」と結婚して知能の底上げをしない限りは子どもを作らないようにと忠告され、「C3」未満の無資格者(結婚する資格をもたない)が子どもを作れば罰金を科せられる。
本人がランク外であればもちろん、たとえAランクでも近親者にランク外の者が一人でもいれば無資格者となって結婚が出来ない。

絶対的な強行法規ではないというものの、明確な賞罰があり、規則に従った夫婦の子には賞賜金が与えられ、従わない夫婦の子には税金が課される。 その額は規則からの逸脱度によって決まるため、知力の低い男女が子どもを持つと破産しかねなかった。

もちろん、国民がすんなり従うわけはない。
政府はあの手この手で、懐柔政策を繰り広げる。

いうまでもないが、相手を見てアプローチを変えるんだよ。想像力がある者もいれば、ない者もいる。ない者には、常識で理解できるように語り、常識すら欠如していれば、わが子への愛情に訴える。最低限の常識がある者には、愚昧の行く末に恐怖心を抱かせるといいだろう。

地域説明会に出向くキティに、脳務省の大臣がするアドバイスは印象的だ。

国民の知能向上については徐々に成果が上がり始めているといわれていたが、捨て子の数は日増しに増え、結婚や出産という個人的な事柄に政府が介入してくることについての人々の不満は高まっていく。

そんな中、キティが好きになった相手はなんと、政府高官の“無資格者”。
この恋が国家を転覆しかねない危険をはらんでいることに、優秀な彼女が気づかないはずはなかったが、かように恋は盲目なのだった。

巻末に収録された北村紗衣氏の解説によると、1918年にイギリスで発表されたこの作品は、政治とメディアの関係を辛辣に風刺した内容が攻撃的すぎるとのことですぐに回収されてしまったのだそうだ。
翌年、若干の修正後再刊されたが、その後100年間ほぼ注目されることがなかったこの作品が、何故今になって注目を浴びることになったのか、その原因の分析を含めた解説もなかなか興味深かった。

確かにこれはディストピア小説。
同時に働く女性を主人公にしたお仕事小説でもあり、結婚や出産といったある意味、普遍的なテーマを扱ったラブストーリーでもあった。

(レビュー:かもめ通信

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その他もろもろ: ある予言譚

その他もろもろ: ある予言譚

第一次大戦後の英国。国民を知力でランク分けするという大胆な政策を打ち出す脳務省に務めるキティは、脳務大臣のニコラスと密かに愛を育んでいたが、脳務省の権力が増大していく中、二人の愛は迷走する…百年の時を経て蘇ったフェミニスト・ディストピア小説!

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