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【「本が好き!」レビュー】『愛と狂気と死の物語―ラテンアメリカのジャングルから』オラシオ・キロガ著

提供: 本が好き!

ウルグアイの作家オラシオ・キロガ(1878ー1937)は、魔術的リアリズムとよく称されるガルシア=マルケスに代表されるラテンアメリカ文学の草分け的存在です。1917年刊の本書は、それまで発表した短編の中から作者が選んだ、いわば自選傑作集で、題名通りの内容の作品群が収録されています。また、この作家を語る時に、やはり無視できないのは、幼少からまとわりついていた死の影です。

「父親は猟銃を暴発させ命を落とした。何年か後、義父(母の再婚相手)は難病に冒され自殺した。作家になった後、キロガは誤ってピストルを発射し、親友を殺してしまう。二人の兄弟も若くして他界した。その後、ミンオネスの密林の生活に耐えられず、最初の妻は自殺。キロガの(胃癌を苦にした)自殺の後は娘エグレも自殺した」(本書解説より)

14作収められている本書を読んでいても、こういう実生活が影を落としていると感じる作品はいつかあります。それらも含め、特に印象に残る作品を紹介します。

•『一粒のダイヤ』

腕の良い宝石職人が街娼上がりの美しい女房をもらいます。ところが、彼女はもっと上の「玉の輿」を望んでいたわけで、他人の素晴らしい宝石の仕上げを一生懸命して、雀の涙ほどの手間賃しか取れない夫に次第に不満が膨らんでいきます。それでも、夫は妻を愛していたのですが...。

•『漂流船の怪』

1872年に起こったメアリー・セレスト号の謎の乗組員失踪事件が元になっていると思われる話です。船は航行可能な状態なのに、なぜか乗組員全員がいなくなった船で一人だけ生き残った男が語る真相とは?

•『野生の蜂蜜』

ジャングルの生活を経験してみたいという軽い気持ちで、ジャングルに住んでいる代父を訪れた若者を待ち受けていた「死」は、野生の蜜蜂の巣にたまっていた蜜と、進路にあるものはすべて食い尽くすアリでした。

•『平手打ち』

メンスーと呼ばれる月ぎめ労働者が、雇い主から受けた平手打ちの屈辱を、倍どころか、数十倍にして返す話です。

•『不毛の地』

ジャングルの生活の中で、妻は病死したものの、残された娘と息子と楽しい日々を送っていた男に、ある日やはり病魔が襲います。二人の子供を気にかけながらも、避けられない死を迎える男の話です。

•『人間になったトラ(ファン・ダリエン)』

幼い息子を失った若いやもめの女が、両親にはぐれたトラの子供に乳を与えると、年取った賢いヘビの魔力によって、トラは人間の子供に変身します。女は、その子を自分の子供として育て、誰からみても申し分ない少年ファン・ダリンに成長するのですが、女の死がきっかけで、彼の正体に村人が疑問を抱くようになるのでした。

たとえ姿かたちが似ていても、自分たちに相いれない者を排除しようとする人間の姿、同じ地球上の動物なのに、トラよりも自分たちの方が優れていると信じて疑わない人間の姿を寓話風に描いた傑作です。

•『死にゆく男』

山刀を使っている時に、誤って転び、自分の腹を刺してしまった男の、死の直前の思考が語られます。

•『アナコンダ』

ジャングルに住む毒ヘビたちが、自分たちの生息地のすぐ近くに、数人の男たちが住み着こうとしているのを知り、総力をあげて、人間たちを殺そうとします。流れ者であり、毒ヘビたちがふだん馬鹿にしている毒のないヘビであるアナコンダも、その大きな体を使って助太刀しますが、相手の人間たちは、毒ヘビの血清を採るためにやってきた、自らも血清を打ち、毒が効かない最強の敵だったのです。さらに、彼らの連れてきた犬や馬も血清をうっていました。おまけに、彼らは、アフリカの毒ヘビにライバル意識満々のキングコブラをインドから運び入れていたのです。

面白いという意味では、本書一でしょう。作者は、実際に毒ヘビの研究家だったそうで、毒ヘビについての知識が豊富だったことは、本作からもうかがえます。なお、この話は続編がありますが、それは、日本編纂の別の本『野生の蜜:キローガ短編集成』に収録されているので、そちらで触れます。

さて、この作家にまとわりついている死の影についてですが、ここで挙げた作品の内、死の間際の人間を描いているという共通点を持つのは、『野生の蜂蜜』『不毛の地』『死にゆく男』であることに気づかれるでしょう。実は、他の収録作でも『メンスーのこと』『白い昏睡』『故郷を追われて』は同じ共通点を持ちます。つまり、自選した14作のうち、6作にこの共通点が見られるということです。これは、かなりの頻度だと思います。

でも、なぜ私はこの作者に惹かれるのでしょうか。それについては、前述した別の本のレビューで語ってみたいと思います。短編小説のスペシャリストである、この作家については、語りたいことがたくさんあるのです。

(レビュー:hacker

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愛と狂気と死の物語―ラテンアメリカのジャングルから

愛と狂気と死の物語―ラテンアメリカのジャングルから

ジャングルのドラマは今、人々が孤立する大都会でも起きている。マルケスらに影響を及ぼしたクリオリズモの代表作家が、アルゼンチンの密林を舞台に描く、生きるための闘い、死への恐怖、哀しく残酷な運命―。

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