『青の数学』王城夕紀著【「本が好き!」レビュー】
提供: 本が好き!数学にひたむきに取り組む高校生たちの物語である。
主人公・栢山(かやま)は数学が得意だが、どこか冷めたところがある。数学に熱中しているとか盲信しているというのとは少し違う。かつて出会った数学の先生に、数学を続けると約束をした。それで続けている。
彼はあるとき、数学オリンピックを制した天才少女、京香凛(かなどめ かりん)に出会う。京は「数学って、何?」と問う。
この問いは、本作を、そしておそらくは本作を発端とするシリーズ全体を牽引する問いとなる。
序章である「雪の数列」に続き、「春の確率」と「夏の集合」と題される章を含む。
「雪の数列」は栢山と京の出会いを描く短い章である。
「春の確率」では、高校に入学した栢山が参加する「E^2」と呼ばれるネット上の数学コミュニティサイトを中心にストーリーが展開される。「E^2」とは、フィールズ賞を受賞した日本人が設立したもので、全国の中高生が数学について意見を交わし、「決闘」をする場になっていた。「決闘」と言っても本当に命のやり取りをするわけではなく、闘いの方法は数学の問題を解くことだ。問題数を競ったり、時間を競ったり、ルールはその時々で対決する相手同士で決定する。それまでは独学で数学に取り組んできた栢山だが、ここでさまざまなタイプの高校生たちに出会うことになる。
「夏の集合」では、数学がテーマの合宿が舞台となる。数学オリンピック財団と「E^2」創始者との共同運営で、4泊5日のプログラム。ここでも激しいサバイバルゲームが繰り広げられる。但し、やはりその闘いは数学上での闘いだ。「死闘」の果てに、栢山たちがたどりつく境地とは。
一言でいえば、数学がテーマの「青春小説」である。あるものはスポーツに、あるものは音楽に、あるものは生徒会活動に、そしてあるものは数学に青春をかけるのである。
もう1つ特徴的であるのは、物語で描かれる(あるいは描かれようとしている)のが、数学・数式自体というよりも、数学を突き詰めていったときに見えるであろう「世界」であることだ。壁を乗り越え、乗り越えていった先に見えるもの、それを読者に見せようとしている。ある種、「雰囲気」小説と言ったらよいのか、物語に没入することができれば、非常に楽しい読書体験が得られるようにも思う。
シリーズの途中であるので、物語は完全には収束しない。この先、秋、冬と続くのか、そして栢山たちは高校を終えて、「その先」へと進むのか、本書だけではよくわからない。
1つ気になったのは、彼らは本書の時点では、言うなれば人から与えられた問題を解いているだけであることである。それがどんなに高度であろうとも、与えられた「枠」の中でゲームをしているだけなのではないか。数学を志すというのは、既存の「枠」を超え、あるいは「枠」を壊していくことなのではないか。
作者が「その先」も描いていくのか、それはシリーズを追ってみないと何ともいえないところだが。
「雰囲気」はかなりよく描けているようにも思う。しかし、スポーツ青春キラキラ小説を読んでそのスポーツを志す子はいるかもしれないけど、数学ってそういう風に取り組み始めることはあるのかなぁ・・・?とちょっと疑問だったりはする。
*本筋とは関係ないのですが、これ、新潮文庫のサブレーベルnexの1冊なのですけれど、nexというのは、新潮文庫の代名詞のような栞紐(スピン)がついていないんですねぇ。だから「天」の部分もスパッと切ってある。こういうところでちょっと本家とは差別化しているのかなぁというのもおもしろいところです。・・・でも栞紐はあった方が便利だなぁ(^^;)。
(レビュー:ぽんきち)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」