だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1864回 「積み重ねる生き方 空海に学ぶ自分の人生に満足する法 Kindle版」

空海を学び始めて10年以上になる中村太釈師。法話を得意とする著者が「もしかすると空海もはじめは凡人だったのではないか」と仮定し、平易な表現で私達に空海の人生と、そこからヒントを得た著者の人生、そして自身の本質を知り、地道に積み重ねることの大切さを教えてくれます。(提供・フォレスト出版)

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空海もはじめは「凡人」だった?

こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。

さて、中村太釈さんが書かれた今回ご紹介する本ですが、空海から生き方を学ぶとあるとおり、著者自身の半生と、空海の人生の両方を紹介しながら、進むべき道はどのように見つけて行くべきかを語っています。

法話が得意という著者の強みを生かした、平易な文章で綴られていますね。

しかし、僕が最初に驚いたのはこんな一文です。

「とびぬけた能力のある人のことを天才と呼び、人並みの能力しかない人のことを凡人呼ぶとしたら、空海は明らかに凡人でした」

空海を凡人と言っていいんですか!?

なんて驚いたのですが、著者自身も凡人であり、僕達も凡人。

そして、空海は心が違ったんですよと、著者は続けます。

空海の心を磨いたのは、若い時から続けてきた仏教の修行のおかげだと著者は言い、空海は「人々を救う」というミッションを達成するために、時に迷いながらも、地道な積み重ねをしてきたとも述べています。

今、僕は「空海が時に迷いながらも」と言いましたが、中村さんは、空海は若き日に大いに人生に悩み、迷ったのではないかと述べています。

空海は18歳の時に、大学を辞めているんですね。

当時の大学というのは、卒業すれば中央官吏(かんり)への道が開ける、エリート養成校みたいな性格があったのですが、地方豪族の三男であった空海は親戚のコネもあり、そこで仏教や学問を学んでいたわけです。

しかし、若き空海は大学を辞め、国に認められていない私度僧の身分として山岳修行者になってしまいます。

著者によれば、その理由は「大学で修める学問よりも、もっと多くの人々を救える方法」を追求するためであろうとのことです。

実は史料を読み解くと、エリートコースを捨て大学を辞めた空海に親不孝者という批判があったのですが、それに対して空海は後年、「親孝行は父と母の2人しか救えないが、仏教はより多くの人々を救える」と答えているんですね。

ただ、エリートコースを捨て、山岳修行者になるという事は、文字通り険しい道であったはずです。

将来の保証はなく、食べるものにも困るかもしれない。

それでも空海は、リスクを受け入れて大学を中退しました。

おそらく大いに葛藤したことでしょう。

◆著者プロフィール 中村太釈さん。徳島県出身。真言宗のお寺の長男として生まれました。 しかし「お寺の跡継ぎ」という立場に悩み、大学は高野山大学に進学せず、薬学部に入学。そして薬剤師国家試験合格後、病院勤務を経て薬局薬剤師・店長として約10年間勤務し、その経験を通して自分の本質に気付き、仏教の道に戻ります。現在は高野山真言宗の寺院副住職として法事や葬式などの法務をこなす一方、高野山真言宗の本山布教師として出張法話もされている方です。

自らの「本質」・「ミッション」とは?

そして、中村さんもやはり人生に悩み迷った日々があったといいます。

寺の跡継ぎという立場を嫌い、薬剤師になった中村さんですが、

「お客さんの悩みを聞き、それを解決する薬を勧める」

という自身の理想像から、徐々に離れ始め、お客さんのクレームばかりが目に付くようになり、次第に自分の本質とは何なのだろうかと悩むようになります。

ある時、一人のお客さんが、物腰や言葉の選び方、しぐさなどから、中村さんが「お坊さん」であること見抜かれたこともあり、そういった経験を通し、自身の本質は僧侶なのではないかと思い至ったのだそうです。

そうして、中村さんは10年間の薬剤師勤務を経て、寺を継ぐ事を決意したんですね。

これは、僕の感想なのですが……

中村さんが、空海の生き方から学んだのではないか?と思える言葉があります。

「自らの本質」「自らのミッション」という言葉なのですが、これは本書の要所要所で使われているんですね。

空海のミッションは「人々を救うこと」でした。

空海の人生の根底にはこのミッションが常にあったと中村さんは言います。

18歳で大学を中退しエリート街道から外れたのは、人々を救うため。

また、唐から密教を持ち帰った時も、その密教を自分の権勢のために利用したり、いきなり密教を布教するのではなく、私立の学校を作ったり、土木工事を請け負ったりと、まずは社会事業に目を向けたのも、人々を救うため。

さらには修行場を、当時の仏教の中心である京都の大寺院ではなく、高野山に新たに開いたのも、おそらくその方が多くの人を救えると考えたのでしょう。

このように中村さんは、空海は自らのミッションを「人々を救うこと」と捉え、悩み、迷いながらも、地道に活動を続け、今に名を残すヒーローになったのだといいます。

そして、中村さんのミッションは「人々に法話をすること」。

より詳しく「仏教の教えを分かりやすく説く法話をするために人前に立つことが、私の本質」とも述べています。

「自分が本当にやりたい事」を見つけるために

このミッションや本質という言葉を、もっと身近な言葉に置き換えるなら、「自分が本当にやりたいこと」といえるでしょう。

中村さんは「自分が本当にやりたいこと」を見つける方法も、本書で教えてくれています。

それは「過去を振り返る」ということ。

子供の時、学生の時に自分が好きだったこと、熱中したこと、人から褒められたことを探しましょう、と言うんですね。

中村さんは人前で話し、それによって人々を感動させることが夢だったと振り返ったそうです。

しかし、学生時代は少々独りよがりなやり方をしていたとも反省しています。

僧侶の道を再び志した今、再び自分の本質「人前で話し、感動させる」に立ち返り、仏教の教えと併せて大成したのでは、と僕は考えました。

そして実は、空海にも似ているところがあるんです。

空海は「人々を救う」ために、エリート街道を降りました。

しかし人々を救うために、唐にある密教の教えが必要だと気付いたんです。

そして、唐に行くためにはエリート街道に戻り、遣唐船に乗らなければなりません。

そこで……方法は謎なのですが、空海は遣唐船に乗るために、国に認められた僧侶の立場に戻ったのです。

そして自分のミッション「多くの人々を救う」に密教の教えを併せて、大成したといえるでしょう。

この著者と空海のお話を象徴するように、著者は空海のこんな一文を本書に載せています。

「花が咲いたのを見て、今年ひとりでに咲いたと思ってはいけない。過ぎた日に蒔かれた種が、今日咲いた花の因となっていることを知りなさい。」

凡人でも、「自分が本当にやりたいこと」という種を見つけ、それを蒔き、地道に積み重ねていけば、やがて花を咲かす。

つまり大成すると、僕らに教えてくれているのではないでしょうか?

今日のお話を聞いて、空海、あるいは中村さんに興味を持った人は、ぜひ本書を読んでみて下さいね。

積み重ねる生き方 空海に学ぶ自分の人生に満足する法 Kindle版