だれかに話したくなる本の話

『ペスト』 アルベール・カミュ著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

新型コロナウィルス感染拡大の影響で、カミユの「ペスト」が売れていると聞いた。
どこの書店でも品切れだとか。ご時勢とはいえ、世の多くの人々が、こんな重たい小説に飛びつくものかしら……
半信半疑でわが街の本屋さんに行ってみた。大型ショッピングセンターの中の、エンタメ系の本が中心で、文芸書は片隅に追いやられている店。
新潮文庫の「ペスト」は、「異邦人」と「追放と王国」に挟まれて、ちゃんと並んでいた。
ほらね、やっぱりあるじゃない。

小説の舞台は、アルジェリアのオラン県、人口20万の小都市。
19XX年とあるが、1947年発表の小説だから、1940年台とみていいだろう。
アルジェリアは、まだフランスの植民地だった。
主要登場人物は、すべてヨーロッパ人の男性である。

事件の始まりは、数匹のネズミの死。
道端で、ホテルの階段で、のたうちまわって、血を流して死んでいくネズミが目撃される。
数日のうちに、町中のゴミ箱がネズミの死骸であふれ、死んだネズミから離れたおびただしいノミが、新しい宿主を求めて、町中に散らばって行った。
医師リウーが診た最初の患者は、ネズミの死骸を片付けていた門番の男だった。
首や腋や鼠蹊部のリンパ腺が木の節のように固くはれ上がり、高熱に見まわれ、搬送の途中で死んでいった。腺ペストだった。

まっさきに疫病の犠牲になるのは、衛生環境や栄養状態の悪い貧しい人たちだ。
細菌でもウィルスでも同じこと。疫病は、公平でも平等でもない。

肺ペストの患者が現われるようになると、ヒトからヒトへの感染が急速に拡大していき、その都市は、封鎖を余儀なくされた。
不自由な暮らしを強いられ、死の恐怖におびえる人々。
機能がマヒする役所。
閉鎖された劇場。
予防隔離所と化した競技場。
疲弊する医師たち。
混乱する社会で、市民の有志が立ち上がる。
医師リウーを助けようと、保健隊なるものが組織されたのだ。
小説の主題は、疫学的な記録よりも、困難な状況に立ち向かう人々の連帯と友情、彼らの人生そのものにある。

たまたま取材に来ていて封鎖に遭い、フランス本国に帰れなくなった新聞記者、ランベール。本国には、愛する人がいる。彼は、脱出を熱望し、その機会が訪れるが、土壇場でペスト渦中の都市に残る決心をする。恋人との甘い生活より、困難な中での連帯と友情を選んだのだ。

役所の年老いた下級吏員、グラン。
彼は、単調な事務仕事で生活を支えながら、文芸作品を書くことに熱中していた。
冒頭の三行に心血を注いで、書き直し、書き直し……。
もう何十年も、その二つの仕事が彼の人生だった。
そこに、保健隊の統計の仕事が加わった。彼は、何十年も前からそうしているように、三つの仕事を淡々とこなしていく。

裕福らしいが何者かよくわからない、ホテルの長期滞在者、タルー。
彼こそが、保健隊の発案者で、呼びかけ人だ。

どこかで罪を犯し、ひっそりと身を隠していたお尋ね者のコタール。
彼は、ペストを歓迎するという。
自分は逃亡者だが、非常事態の都市にいれば、追われることはないから。
このままペストが続けばいいと本音を吐露しながら、保健隊の活動に加わる。

血清で予防しているとはいえ、感染の危険に身をさらしながらの活動だった。
不条理がもたらす非日常には、人の心を「良きもの」に向けて奮い立たせる熱波のようなものがあるのだ、きっと。

春に始まったペストは、熱暑の夏に猛威を振るい、秋になってもクリスマスを迎えても、衰えることはなかった。
それでも、終わりはやってきた。
感染して、もう間もなく死ぬだろうと思われた患者が、奇跡のように息を吹き返し、治癒する。そんな事例が、目立つようになった。
ペストの毒性が弱くなったのか、人々の免疫力が勝るようになったのか、それはわからない。
感染者の数がめっきり減ってきたのは、そのころだ。
ペストは去って行った。
四月に閉ざされた都市の門は、翌年の二月に開かれた。
人々は日常をとりもどし、街にはにぎわいが戻った。

ペストが終わって恋人のもとに帰って行ったランベール。
永遠にモノになることはないだろう作品に、心血を注ぐグラン。
ペストが終わって、また破れかぶれになった犯罪者コタール。
ペストとの闘いの中で医師リウーの親友となったタルー。
…… ……

残念ながらペストの犠牲になった者もあったが、彼ら保健隊のすべてのメンバーには、一読者として心からねぎらいの拍手を送りたい。

新型コロナウィルスの感染拡大渦中にあるいま読むと、実に生々しい作品だ。
そして、勇気と希望を与えてくれる作品でもあった。

(レビュー:紅い芥子粒

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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ペスト

ペスト

発表されるや爆発的な熱狂をもって迎えられた、
『異邦人』に続くカミュの小説第二作。

この記事のライター

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