だれかに話したくなる本の話

数々のベストセラーを仕掛けた編集者・柿内尚文の仕事術

出版不況といわれるこの時代にベストセラーを連発している出版社がある。アスコムだ。

『聞くだけで自律神経が整うCDブック』80万部
『3000円投資生活』57万部
『「のび太」という生きかた』32万部
『1日1分見るだけで目がよくなるすごい写真』40万部

これらの本のタイトルを聞いたことはあるだろう。また、2013年、2014年にはミリオンセラー書籍を2年連続で出版している。

なぜ、アスコムは売れる本を作れるのか? その秘訣を最も知っている人物である取締役編集部長の柿内尚文氏に、「ヒットの作り方」と「その仕事術」についてお話を伺うことができた。

そこでは「出口」を意識した本質を捉える本づくりや、タイトルやコピーの付け方など、さまざまなところに工夫があった。

(取材・文:金井元貴)

■「入り口」と「中身」を意識し、「出口」が広がった松岡修造の名言シリーズ

――不況と呼ばれて久しい出版業界ですが、なぜ本がこんなに売れないんでしょうか?

柿内:本が売れない理由はいろいろあると思いますが、一方で売れている本もある。じゃあ、その差はなんなのかというと、すごくシンプルなことで、売れない最大の理由は、その本が出ていることが知られていないということだと思います。まず、本の存在を知ってもらう機会をつくらないといけない。編集者はただ本を作るだけではなく、出口の部分まで考えて物作りをしないといけない時代なんだと思います。

――「ベストセラー」の基準が低くなっている中で、柿内さんが手がけた書籍の多くは10万部超えを記録しています。その秘訣についてお聞きしたいのですが、まずは松岡修造さんの『松岡修造の人生を強く生きる83の言葉』。こちらは20万部を突破しました。

柿内:この本は厳密に言えば僕が元の企画を作り、編集は現場の編集者が担当しています。もともとは、あるアスリートの方から、「今、アスリートの間で(松岡)修造さんの動画を見るのがブームなんですよ」と教えてもらったことがきっかけで、実際に見てみるとすごく面白かったんです。

そこで松岡さんの著書を買って読みました。内容がすごく良くて、熱い思いも伝わってくる。ここに、松岡さんの動画の面白さを組み合わせたらもっとメッセージが伝わるのではないかと考えて、企画を作りました。入り口は面白く、そして中身は熱くて深いメッセージが書かれている本を松岡さん側に提案したんです。一見、松岡さんの言葉は突飛に聞こえますが、心に深く届くメッセージが込められているわけですから。

――結果、松岡さんの本はシリーズ化しましたし、PHP研究所から「日めくり」も出て大ブームになりましたね。

柿内:そうですね。アスコムでも4冊出させていただき、シリーズで40万部のヒットになりました。人は「真面目」なものよりも、「面白い」ものにより反応しますが、「面白さ」と「真面目さ」が融合できたのがよかったんだと思います。

――しかも、この本が多くのアスリートの方々に勇気を与えているそうですね。

柿内:そうなんですよ。卓球の平野美宇さんはこの本の影響を受けたとテレビで紹介してくれました。この本の中にある「二重人格は素敵だ!」という言葉がそれです。
また、2015年の夏の甲子園に出場してベスト8入りした秋田商業高校のナインが、この本をチームで回し読みして、ピンチでも負けない心を作ったとスポーツ紙に載っていたこともあります。実際、秋田商業に電話で問い合わせたところ、本当のことでした。

――躍進の陰に松岡修造あり、と。

柿内:本が一人歩きをしているのが嬉しかったですね。アスリートだけではなく、いろいろな方から感想が来ますよ。「就職できました!」「告白する勇気をもらいました!」とか。松岡さんの言葉が人の背中をいろんなところで押しているんですね。この本を作ってよかったと何度も思いました。

―― 一方で横山光昭さんの『はじめての人のための3000円投資生活』は57万部を突破。投資本がここまで売れるとは、という印象です。

柿内:普通なら「3000円で投資なんて」と思うでしょう。でもその真逆のキーワードをくっつけることで、新しい価値になりました。お金の不安はあるけど、どうしたらいいかわからない。そんな人に読んでもらいたいと思い作った本ですが、こんなに多くの方に読んでいただけて驚いています。

――タイトルの力が非常に強いです。

柿内:タイトルはとにかくしつこいくらいに考えます。例えば『歯科医が考案 毒出しうがい』は、当初のタイトルは違うものでした。当初のタイトルだとこの本の伝えたいことが届かないということで、「口の中にある雑菌を出す」を言い換えるとどうなるか考え直し、「毒出し」という言葉で表現しました。多くの方に読んでいただき、13万部のベストセラーになりました。
タイトルを考えるときにやっている方法のひとつが、「出会ったことがないキーワードを組み合わせる」というやり方です。『3000円投資』も『毒出しうがい』もその方法から生まれたタイトルです。いまベストセラーになっている『医者が考案した長生きみそ汁』という本もそうですね。他社の例ですと『うんこ漢字ドリル』や『乳酸菌チョコ』なんかも出会ったことがないキーワードを組み合わせて、新しいものが生み出されてヒットしてますよね。

■柿内流、人に伝わる「タイトル」と「コピー」の付け方

――書籍のタイトルは後で付けるんですか?

柿内:最初からつけてしまうこともありますが、ほとんどが後でつけ直します。この企画の一番のポイントはどこにあるのかをもう一度考え直す作業をしているということです。

たとえば、医師の小澤竹俊さんの著書『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』(25万部)は、この本のテーマである「明日に宿題を残さずに生きる」ということをどうタイトルで表現するかを考えて生まれたものです。
タイトルに悩んだ時、僕はよく偉人たちの名言を読むようにしているんです。名言は、多くの人の心に刺さったから今も残っている言葉です。だから、タイトルのヒントになることがよくあるんですが、この本のタイトルも名言にインスパイアされて考えたものです。

――ウェブの業界ですと見出しに数字を上手く使え、というテクニックがあるのですが、数字の使い方はいかがですか?

柿内:数字ありきで考えることはありませんが、数字があったほうが伝えやすいと思ったときは、数字をタイトルに入れます。『3000円投資生活』『1日1分見るだけで目がよくなる28のすごい写真』など、数字を入れたタイトルです。

――ではその流れで帯に書かれているキャッチコピーの付け方についてもこだわりを聞きたいです。

柿内:帯コピーもすごく重要視している部分です。人の心の中を考えながら、タイトル、副題、帯コピーという形で、ワン・ツー・スリーのステップを作りだすために、帯コピーはとても重要です。理屈だけではなかなか届かないので、感情に届けるコピーも入るようにしています。

――いわば、タイトルで伝えられなかったことを補完するものでしょうか。

柿内:補完というよりも、「読みたい!」「中を知りたい!」そう思ってもらうよう、心を盛り上げていくというイメージでしょうか。

インタビュー後編に続く

■柿内尚文氏プロフィール


アスコム取締役編集部長 編集者
慶応義塾大学卒 広告代理店を経て出版業界へ。
これまで関わってきた本の多くがベストセラーになり、その累計部数は1000万部を越える。

この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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