だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『親衛隊士の日』ウラジーミル・ソローキン著

提供: 本が好き!

鬼才ソローキンの毒に満ちた作品です。私はハードカバーを持っており、既にそちらで レビューしているのですが、文庫化されたのか~。図書館で文庫版を見つけたので借りて来て再読してみましたよ(再読、重要! なかなかできないんだけれど色々な作品を再読しなくちゃな~と常々思っております)。

巻末訳者あとがきによれば改訳されているそうなので読み直す意味もあるでしょう。再読だからなのか、改訳で読みやすくなっているのか、初読時よりは理解が進んだようです。
とは言え、この作品をレビューするのは難しいのよ。初読時レビューはうまく書けなかったのですが、今回だって……。まあ、やってみましょうか。

物語は絶対的な専制君主が支配する2028年のロシアを舞台にしています(おぉ、直近だ!)。主人公のアンドレイ・ダニーロヴィチ(コミャーガ)は親衛隊のナンバー4。今日も隊士を引き連れて国家に反する者を粛清しに出かけます。隊士たちはそれぞれ真っ赤な『メーリン』(中国製メルセデスベンツ)に乗っています。コミャーガのメーリンの前バンパーには犬の首が飾られ、後ろのトランクからは箒が突き出されています(これは、16世紀、イワン大帝の親衛隊であったオプリーチニクが馬の首に犬の首をつけ、鞭の柄に箒の形をした獣の毛を貼り付けていたことを模したのだそうです)。

今日の獲物は貴族です。門をぶち破り、有無を言わせぬ暴力で使用人たちを蹴散らし、貴族を吊し上げると、その妻を隊士たちが次々と犯します。掛け声は「えんやさ!」(この『えんやさ!』って原語がどう書いてあるのか分かりませんが名翻訳だよね!)。

親衛隊は国家の暴力機関なのです。彼らは禁じられている麻薬(これが金色の小さなチョウザメが入ったカプセルを浴場に放ちそこで隊士たちが脳髄に到達するような悦楽に耽るというものなのですが)を特権的に使用しています(皇帝は認めていないのですが、そこはナイショです)。 親衛隊士たちは粛清に次ぐ粛清の日々を送っているのです。

まあ、とにかくグロであります。絶対専制体制自体のグロテスクももちろありますが、それに加えて親衛隊士たちの行動のグロ。ソローキンですからねぇ、極めて毒が強いのです。真っ当な作品を読もうという良い子は迂闊に手を出してはいけません。
こんな作品をよくもまあロシアで書けたもんだよねと思います。比較的統制が緩んだ時代には出版もされたそうですが、やはり目をつけられており、プーチン派からは代表作の一つである 『青い脂』が焚書の目に遭っているのだとか。

プーチンと言えば今の状況です。巻末解説でもそれに寄せた解説がなされています。まあ、本書はかねてより未来を予言した書だとは言われていたのですが(本書が書かれたのは2006年です)、ここに来て予言が当たった? 本作では絶対君主制のロシアは既に中国に浸食されていることが指摘されているのですが、それも当たりか?

極めつけは親衛隊士たちによる浴場での醜悪男色乱交シーンでしょうか。隊士たちは互いの菊門とがっちり交合しあって「えんやさ!」と励み続けるのでありました。

まあ、こういう作品なので筋がどうこうとも書けないのですよ。確たる結末がある物語でもありません。ソローキンが描き出した(現実化しちゃったかもしれない?)悪夢に眉を顰め、毒にあてられる読書体験になるのです。そんなもん誰が読むんじゃ~! おっしゃる通りでございます。

巻末に、ソローキンの著作一覧が掲載されております。あぁ、私、邦訳されているのは全部買って読んでいるのね。でもまだ未訳の作品がかなりあるんですわ。国書でも河出でも良いので、訳してくれ~!(完全にソローキン中毒であります)。

まだソローキンを読んだことがないという良い子は、手を出さないというのも賢明な選択であります。でも読んでみたい……ですか? 決して読みやすい作品ではありませんし、どれを読んでも「なんだこりゃー!」となってしまうかもしれませんが、それでも読みますか?

いいでしょう。まずは……そうですね、本作から読み始めるのも良いかもしれません。あるいは 『マリーナの三十番目の恋』も比較的読みやすいかも。 『愛』は醜悪ですが、まだまだ大丈夫でしょうか?  『氷』三部作と 『テルリア』は後回しにした方が良いかもしれません(いきなり読んでも多分何だこりゃ! でよく分からないと思います……ただ、読者によっては『氷』三部作から読めという意見の方もいます)。

神髄は『青い脂』だと思うのですが、その前に超問題作の 『ロマン』を読んでおきましょうか。ラストに到達するまでは至極真っ当なロシアの大河ドラマですよ。ただね、ラストで……驚愕したまえ!

とにかく『青い脂』は必読なのですが、そこにどうやってたどり着くのが一番楽か、理解し易いか、猛毒に脳と身体を慣らしながら進んで行けるかというモンダイではないかと思って上記の順番を工夫してみました。
でも、私の場合、いきなり『青い脂』からソローキンに入ってしまったため、まあ、ぶっ飛んだこと。それも無茶苦茶衝撃的な面白い読み方かもしれませんが(そうすべきと勧める書評子もいらっしゃいます)、実際読んでみるとワカラナイ(当時はこんなの読んだことがなかった)から読み続けるのには強烈な忍耐が必須ですし、読んでいるうちに脳みそが溶け出して死ぬかと思った(笑)。

確かに、まあ、私は最初に『青い脂』を読み通せたからこそ、いきなりあの物凄い体験をしたからこそ、無茶苦茶魅かれてその後のソローキンも(苦しみながらも)読み続けることができたと言えばそうかもしれません。だから最初に『青い脂』を歯を食いしばってでも読み通せ! という意見は慧眼かもしれません。多分、私も他のソローキンを最初に読んだとしたならここまではハマらなかったかも知れないとは思います。
なので、我こそはと思うチャレンジャーはやってみてもいいかも(ガンバレ!)。

こう書いてみて、どうもソローキンの正しい読む順番なんて結局ないのかもしれないとも思い始めました。どれから読んでも脱落する人は脱落するでしょう。ショックの少ない読み順なんて虫が良い話なのかもしれません。狂気、ヘンタイともいうべき作品群を耐えに耐えて読み通し、そこに魅力を発見できた読者だけがソローキンを読み続ける人になるのでしょうねぇ。

私が上記で書いた順番は、なるべく刺激が少ない(ったって相当なもんですけどね)作品、分かり易い作品からどうやって『青い脂』にたどりつくかという発想だったのですが、どうやったってムリがある。なので、あんまり参考にならないし、逆にこういう読み方はソローキンの薄い(ったって強烈ですけどね)、読みやすいところばかりを最初に読ませようとするよくない順番とも言えたりして。
各作品のレビューにはリンクを貼りましたので、ここは皆さんの興味の赴くまま行っちまってくだせい!

ソローキンを読んでみようという方、どうか私のイチオシである『青い脂』までたどり着き、さらに足を伸ばされんことをお祈りしております。

(レビュー:ef

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親衛隊士の日

親衛隊士の日

二〇二八年のロシア―。復活した“帝国”で特権を享受する親衛隊士たち。貴族屋敷への押し込み、謎の魚の集団トリップ、不思議な能力をもつ天眼女、ちらつく中国の影、蒸し風呂の儀式…。『青い脂』の怪物が投じる近未来のあやしいヴィジョン。

この記事のライター

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