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気楽さの代償…テレワークで労働者が失ったもの

コロナ禍で一気に広まったテレワークだが、普及の過程で労働者の反応はさまざまに変化した。テレワーク導入当初は戸惑いつつも、満員電車での通勤から解放され、苦手な上司と顔を合わせなくていいということで、SNSなどを見ても歓迎する声が多かった。それはコロナ禍がここまで長引くとは考えておらず、あくまでテレワークは一時的なものだと考えていたからだろう。

ただ、テレワーク生活が長期化すると、少しずつテレワークへの物足りなさや退屈さを訴える声が聞こえるようになってきたし、「会社に行きたい」という声も大きくなった。さらにはテレワークが続いたことがストレスとなり、メンタルに不調が出る人も現れた。「テレワークうつ」である。

■テレワークで労働者が失ったもの

この「テレワークうつ」の正体はなんなのだろうか。テレワークが続いたことによるストレスとは、つまり誰とも顔を合わせられないことのストレスなのだろうか。だとしたら誰とも会えないことで、私たちは何を失ったのか。『日本人の承認欲求』(太田肇著、新潮社刊)はそんな疑問に迫る。本書では「テレワークうつ」の正体として「承認不足」をあげている。

物理的に不可能な仕事もあるが、ほとんどの仕事はテレワークでもできることは、この2年で多くの人が実感しているはず。ただ、働く人の精神的な充実はどうだろう。

会社に行けば無意識のうちに、さまざまな刺激が得られる。通勤には多少の負担がともなっても、同時に新鮮な空気に触れられ、体を動かせば爽快感が味わえる。職場では同僚や顧客と仕事の話だけでなく世間話や情報交換もできる。その都度、脳は活性化される。(P21より)

同僚とのランチやちょっとしたおしゃべり。好意を抱いている人との会った時の胸の高まり、顧客からの感謝の言葉。これらは職場に行ってこそ得られるものであり、仕事における無形の報酬だった。これらは、誰もが持つ「承認欲求」を満たすものだった。

本書では、承認欲求の基本的な部分を占めているのは「自分自身を知りたい」という願望だとしている。私たちは意識的にか無意識にか、自分の能力や個性を知りたいと願い、周囲からの評価や集団の中の位置づけを知りたいと願っている。他人から自分に向けた言葉や仕草、目つきを「鏡」のようにして自分を知る機会は、テレワークではどうしても少なくなる。テレワークが続いてメンタルが不安定になるのは、こうした他者からの承認の欠乏が原因になっている可能性がある。

■「ドキドキもしない代わりに、ワクワクもしない」

もちろん、テレワークには働く人のメンタルに良い影響を及ぼす性質もある。

スーツに着替える必要もないし、打ち合わせがなければ髪を整えたり化粧をする必要もない。相手から見えるのはパソコンのモニターに映る部分だけだから、会社に行っていた時のように気を張らなくてもいい。この気楽さはテレワークのいい点だろう。対面ほどプレッシャーを感じないため、普段あまり発言しない人がリモート会議では萎縮せずに意見を言うようになったという事例もある。

ただこの「気楽さ」もまた、テレワークで承認欲求を満たしにくいことと関係する。本書では両者を「表裏一体」の関係だと評している。

そもそも緊張感やストレスはある面で承認欲求と深く関わっていて、緊張感やストレスを感じない環境では承認欲求も十分に満たされないのが普通だ。ドキドキしないかわりにワクワクもしないのである。(P39より)

大事な会議に向かう時のドキドキ感も、大勢の目に晒されながらのプレゼンテーションで感じた手が震えるような緊張も、かつて普通に行っていた時は嫌だったプレッシャーのかかる時間が、実は仕事で承認欲求を満たすために欠かせないものだったのだ。緊張やストレスがあるからこそ達成感や充実感も大きいという、当たり前のことに気づかせてくれたのがテレワークであり、コロナ禍だったのだろう。

本来、テレワークは業務効率化や組織生産性の向上のために有益なものだが、テレワークではどうしても補えない部分もやはりある。特に、会社に行っていた時に無意識に得ていた「無形の報酬=会社生活の隅々から得ていた他者からの承認」をどうするか。組織側がテレワークを上手に取り入れるためには、この課題に取り組む必要がある。

テレワークを導入したはいいものの、従業員からの評判が悪くない会社はもちろん、長引くテレワークで心身の調子が良くない人も、本書から気づきを得られるのではないか。

(新刊JP編集部)

日本人の承認欲求

日本人の承認欲求

ムダな出社を命じられる、在宅勤務なのに疲れる、新人が職場に馴染まない。
コロナの感染拡大が落ち着くと、多くの企業は瞬く間に出社へと切り替えた。
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組織研究の第一人者が、日本的「見せびらかし」文化の挫折と希望を解き明かす。

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